【3】真実
汗まみれ、上半身裸のまま謁見するなんて恐らく聖戦士とそのお伴以外経験することがないんじゃないか?
いや粗野で前線に出て剣を振るような王ならばそれはしょっちゅうか。
「制汗剤でも持ってくるんだな」
「またお前は私にわからぬことを言う」
「一々気にするな、独り言だ」
応接間にてアーニアルと俺、そしてデルフ、アーニアルの身周りを手伝う使用人兼護衛が数人、そんな連中が顔を合わす。
「それで用事はなんだ? 角の店のセールスなら三時からだぞ」
別に根を持っているわけではないが、ここの厨房のコック長に新顔扱いされて塩の買い付けに行かされたのは記憶に新しい。
聖戦士だと分かった後でも“ここで身分は二つだけ、王とコックだ”と言って怯みもしなかった、気持ちのいい男だ。
軽口叩かれアーニアルは疲れた笑みを浮かべて、重たげな髪をかき上げ姿勢を崩す。
「いや何、お前が出立する前に少し話がしたくてな。 お前はよくやってくれているが、その反面まだ話足りないところがある」
「は、しおらしい事言う。 本音はなんだ?」
「後でそんなこと聞いてないなど言われても困るから今ちゃんと説明しておくぞ」
「それでいい」
こいつはいちいち言葉を飾る癖がある、もう猫の皮の内側を知ってしまっている俺にとっては気味の悪くて仕方ないというのに。
まぁそれももう慣れたものだからこれといって目くじらをたてるでもないが。
「お前に国際情勢を叩きこむのにすっかり夢中になっていて、この世界の常識を教え忘れていた」
「あぁ? 送られた本は全て読み終わったぞ。 まったく一週間で十七冊も読ませやがって」
実際のところその半分は読み飛ばして必要な情報を拾っただけだが、それでもこの周辺の地理や民族、政治情勢等はかなり正確に把握できた。
特に南方がたの民族情勢はかなり入り組んでおり、決してこのアルカトールに味方しているというわけではないらしいこともわかる。
「本には載っていないこと、民間伝承の類と言えばいいか……我々にとっては恐ろしく日常的な事実であるが、恐らくお前にとっては衝撃的な事実だ」
アーニアルがこう言葉を濁すのは珍しいことではないが、今回はそれがどうにも歯切れの悪いものに聞こえたから少々不思議にも思う。
普段言葉を濁すというのは駆け引きをしようというような場合が多い。ただ今回はただ、言いづらいことを言おうとしているといった様子だ。
「なんだ? もったいぶらずさっさと言え」
大きく息を吐いたアーニアルは、うっすらと開いた瞼で俺を見る。
「ハングレベルンの古老……恐らくどれかの本にも出てきただろうが」
「あぁ、自然生活を貴び文明を嫌う狩猟民族だろ? 確か北西の方にいる」
「それだ」
このアルカトールに住まう民族でありながらアルカトールに服従しているわけではない、いわゆる自由民族というやつの一つだと思ったが、それが一体なんだというのだ。
「彼らは本の中で如何様に語られた?」
「如何様って……文明嫌いの未文明人、ってわけじゃないのか?」
「そうだな、確かにそうとも言える」
一体なんだっていうんだ、アーニアルは頭の痛い悩みの種を吐き出すように顔をしかめて言葉を探す。
「が……彼らについてはそれだけでは終わらない。 彼らは確かに狩猟を生業とするが、文明を持っていないというわけではない
いや……むしろ我々よりもはるかに高度な文明を持っている」
「おいおい」
森に棲んでる奴らが高度な文明を持っていて隠遁している? ファンタジーだな。
「そう、魔術について我らより遥かに高い文明を持つ」
なんだって?
「ちょっと待て、なんだ? 魔術?」
「そうだ」
聞き間違いじゃないよな。
「鼻の曲がったババァが大窯でイモリの尻尾を煮込むあれか?」
「……お前が魔術にどういうイメージを持っているか知らないが、自然的な力を利用し、調和することで力を引き出す技術の事を全般的にそう呼んでいる」
冗談だろ。
「まさか手から光線でも出るのか? こうバーって」
「お前の世界の魔術は一体どうなってるんだ……そうだな、あれだ、お前が胸にくくりつけていた丸いもの」
ハンドグレネードのことか。
「あれに近いな、最初私はお前も魔術を使えるものだと思っていたぞ」
「はっ」
なるほどそれじゃあ俺は魔法使いか、笑える。
「オズの魔法使いの世界に着ちまったのか俺は」
「まぁそういうな、いろいろあるものだ」
いろいろ?
「なんだ? 次は空飛んで火を吐くオオトカゲでも出てくるのか?」
これ以上冗談染みたことを言わないでくれ……暗にそういったつもりなのだが、アーニアルは目を見開いて俺を見ていて……それは驚きの表情。
「よくわかったな」
聞こえてきた答えは冗談にもならない言葉。
「いわゆる、ドラゴンというやつだな」




