【S15】俺はただ、いやそんなつもりは……。
いい香りだろ、砂糖はいるか? あぁレモンも絞ると美味しいらしい。クッキーと一緒に食べれば口の渇きを中和できていいのど越しになるよ。
「……」
と、そんな小粋な会話を挟むような空気ではないらしい、パラダの目は沈んで、表情は真摯な趣き。
とても午前の優雅なひと時といった感じではない、どちらかというと浮気のバレた男の心持だ。
(俺の悩みか)
思い当たらないわけじゃない、というか俺の顔がどうにかなるっていうなら、恐らくそれだ。
兵士と聖戦士のギャップ、俺の中にあるこの摩擦がどうにも俺を強張らせてしまうのだろう。
だがそれをどうやって説明すればいい?
この今まで生きてきた中で一度も争いごとに巻き込まれたことがない、そんな少女に、どうやって俺の人生を伝えればいい。
もっと俺の舌がうまく回るならばそれもできたかもしれない、けれど俺は違う。俺は、どうやってそれを言葉にすればいいのかがわからない。
悲しい? さみしい? 居た堪れない? とにかくぐちゃぐちゃだ。
「なぁパラダ」
「はい……」
だからこういう時は、そうするに限る。
「ヤギに育てられた羊が、ある日自分のことを羊だと知ったら、どう思う?」
おかしな例えだ。だがそれでも俺の現状を表すなら、これ以上ない例えだと思った。
「それは……悩むのでしょうか。 自分は他人とは違うのだと」
「そうだろうな。 今まで歩いてきた人生が否定されたようなものだ、そいつはどうしていいかわからなくなっちまう」
飲み終わったカップを机に置いて、息を吐く。
「羊になろうとしても今までの人生が邪魔をするし、かといってヤギにもなれない」
「悲しいですね、それは」
そうだな、改めて考えたら、俺は酷く悲しい存在なのかもしれない。
俺自身その自覚はないが、戦場での生活に慣れすぎた人間が日常生活に戻れず苦しむということはよく聞いた。
「だがな、確かにそいつは悩んでいるかもしれないが、不幸だとは思ってないんだ。
それまで自分が歩いてきた人生しか知らないからな、比べようがない。 不幸でも、幸福でもなくて、ただ悩んでるだけだ」
俺は幸せな人生など知らないから、それを羨むことも無ければ、自分がそんな生活になることも想像できない。
「贅沢な悩みだろ?」
「……そうでしょうか」
あぁ贅沢な悩みだ。俺の目の前で死んでいった子供たちに比べたら、こんなことで悩めるだけ十分だ。
そうか。
「どうだったパラダ」
「どう、とは」
俺はもう幸せなんだ。
「茶だよ」
「あ、おいしかったです」
「だろ?」
こんな女の子と会話をして優雅な午前を過ごす、あぁ幸せだ。
硝煙と埃と、砂でまみれた一日のどこがこの今日の一時に勝てる要素がある、俺は今多分幸せなんだろう。俺の世界に居た時よりも、ずっと。
ただ、時たま酷く帰りたくなることがある。
「ふぁ~……あぁ」
チームとともにいたあの世界に、あの気兼ねしない仲間達の元へ。
「おいジスト」
「ん?」
そういう意味では、一番そんな空気に近いのはこいつなのかもしれない。
「その恰好でうろつくな」
「あっ……まぁいいさ、もうお前には何度も見られているからな」
「まったく、少しは女らしさでも身につけろ。 酒臭いぞ」
最初は多少意識もしたが、何度も見ればもはや同僚のカナダ人女性兵士のそれを見るのと大差ない。
起きだしたジストは相変わらずだらしのない恰好で、ほとんど下着姿のままうろついている。
「へっへーんだ、私が私の金を使って何が悪い」
「お前の将来の旦那に同情するよ」
どうして戦場にでる女というのはこう。
「イヅさん」
「ん?」
呼ばれたので後ろを向けていた体をねじって、正面にいたはずのパラダの方へ振り返ってみる。
(うっ)
先ほどまでの眉を八の字にしてしょぼくれていた少女がいたはずの席には、凍てつくような視線が居座る。
「いつからこんな風に?」
「こんな風に、っていうと」
「ジストのことですね」
いつもはその名を呼ぶときには柔らかくあったはずの声が、今はまるで雪降る大地のように冷え切っている。
「い、いや、ここあいつの家の隣だから……」
「そうですか。 じゃあここに住み始めてからずっとってことですね」
「あ、あぁ」
あれ? 何に怒られているんだ俺は。
ジストがいるせいだというなら俺はむしろ被害者側なのでは。
「私も明日からここで寝泊まりします」
「は?」
「それでは、教会での仕事がありますのでこれで」
「は、いや、パラダ!?」
一体、一体何が起きてるんだ。
俺は机に一人取り残されて、後ろで勝手に俺が仕立てておいた食料を漁るジスト共にこの家に残されてしまう。
前言撤回。
今すぐここから助けてくれ、ネイサン……。




