【S13】カン暇かん化
俺は……俺は一体なんなんだろうな。
「……」
決して俺の人生は長いものじゃなかった、俺からはわからないが、あと十年も生きてみればもっといろいろと見えてくるものもあるんだろう。
だが俺にはまだそれが見えない。この身、闘争の日々の中にあった俺では理解できないことが多すぎる。
俺は十六年の人生のほとんどを埃と共に生きてきた。思い返せる思い出はいつも砂にまみれている。
「あのな」
「……」
だからこうして人肌のぬくもりと共に目覚めるというのは俺にとっては随分と慣れない。
「起きろ、ジスト」
ベッドの中に下着の女が寝ているというのは随分と官能的な状況であると思う。が、しかし。
「うわ酒臭……起きろ、退け」
「ん……んん……」
ジストが家を間違えてベッドにもぐりこむ時というのはほぼ頭までアルコールに浸かっている時だ。
足取りすらおぼつかない帰路でより近い家に入ってくるとそこには俺が寝ているベッドがあり、ジストはそこにもぐりこんで朝まで眠りこける。
「まだいいだろ……朝だぞ……」
「お前そういって起きてきた時毎回キャーキャー騒ぐだろ、毎朝のように酔っ払いの吐息で起こされる俺の身にもなれ」
仕方がないのでジストをベッドに残して一人這いずり出し、少し麻痺した鼻を癒すために外へと向かう。
季節は体感的に夏、降り注ぐ太陽の下に体を晒してからからとした風を取り入れる。この世界では風呂は貴重品で、身を洗うのは溶江石と呼ばれる保熱する石を使い湯を作り出すのだが、この石が非常に高価なもので一般庶民には手が出ない。
最も、俺はアーニアルに頼み込めば借りられる身分ではあるものの……やはり家に取り付けられていないとなると好きな時に入るというわけにはいかない。
俺の今の悩みはそんなものだ。
「……」
家の前に取り付けられた会談の前に座り込む。太陽に照らされ続けた柵はほのかに暖かく俺の背にぬくもりを伝え、俺はゆっくりと目を細めた。
(なんにもないな)
俺の生きている人生は埃と灰に塗れている、鼻を衝くのは女の色香ではなく硝煙と肉の焦げた臭い。
誰かがベッドに入ってきてぐっすりと眠れる夜など過ごしたことはなかったはずで、この世界は優しさに溢れている。
俺たちを常に見る人々の姿が、目が違っていた。俺の知っている彼らは常に俺たちに警戒心を発し、俺たちもまた彼らの中に紛れ込んだ悪意と戦い続ける……それが俺の過ごしてきた世界だ。
だがここはまるでどうだ、俺を見る人々はの目は光に溢れている。
俺の前で泣き崩れた老人もいれば、子供たちは羨望のまなざしを向け、俺は満たされてしまう。
人の善意の中で俺は満たされて、ほだされて、脳の奥まで焼けそうなそのやさしさに、俺はもうすっかり浸かり切ってしまっていた。
だからそれが怖いんだ。
「……暑いな」
俺の人生にはまるで存在しなかったこの世界の陽だまりのような温かさ、アーニアルの術中にはまってしまっている。
自分の中でその何かが変質しようとしている。自分を自分であらしめているそれが。
俺の生きてきた十六年が否定されてしまうようで、恐ろしいのだ。
漠然とした不安が俺の胸中を漂い、薄れゆく危機感に対する警鐘だけが常に俺の頭には大音量で鳴り続けている。
俺の中でFLAGSの伊津直久と、聖戦士イヅのギャップが齟齬を生み出しているのだろう。
「……」
本当に俺は伊津直久であり続けられるのだろうか、視線を落とした先にはライフルを握り続けたその手。
だがそんなことを悩んでいても何も進まないことはわかっている。
(風呂でもいくか)
休めた体はもうじっとりと汗を掻き始めていて、髪も随分と油でぱさついている。
だから城へ向かうために立ち上がったのだが
「きゃっ」
立ち上がると同時に後ろからその小さな悲鳴が聞こえた。
「パラダ」
振り返ってみれば両手で顔を覆った彼女がいて、俺の方から視線を逸らしている。
「い、イヅさん」
聖戦士様と呼ばれたので俺が矯正した呼び方でパラダは俺を呼ぶ。
「服……服……」
そうして俺はようやくボクサーパンツ一丁の姿であることを思い出したのであった。




