国際情勢報告 その1
この街が抱えていた問題は一応の決着を見た、女王と王の確執の事だ。
王の勝利によりシャインガルはこれより彼の元統一されていくであろう。彼はゼベ・メリアよりもはるかに広い見識を持つ、シャインガルは幸福の道を歩み始めたといっていい。
私も私見として彼は国を導くにふさわしい器量を持った王であることを確信している。そうした王に仕えることのできる私もまた幸せ者か……最も状況は芳しくないが。
依然として簒奪者であり、兄王子クリストフを蹴落とした彼に対する反発は強い。今彼に対し臣下の契りを結んでいる者たちの中にもそのわだかまりが氷解したわけではない。
故あれば彼らは喜んで女王の旗を振り我らに牙を剥くだろう、そんな連中を抱え込んで北国ヨルツチェミンの侵攻を控えるとは頭の痛いことだ、あの王は若くしてこの問題に取り組まなければならない。
“オルソン”を名乗れぬ彼は王になる以前よりそのハンデを背負って生まれ、そして今その問題に立ち向かっている。
あの若き王は父王アリアスが妾腹に産ませた子供であった。
それだけならばいくらでも取り返しのつきようがあったものの、よりにもよって彼の母はヨルツチェミン王家に連なるものであったのだ。故に彼に従う者たちに迷いが生まれるのもまた仕方なきことだろう。
しかし兄王子クリストフは愚兄であった、それは宮中であれば誰しも認めるところ。ただの愚か者ならばまだいい、我らが支えれば済むことであるから、だがクリスフトはそうはいかない、あれの愚かさとは人徳であるから。
クリストフは熱心な国教の信者であり、その博愛の精神というもを貴んでいた……そしてその教育は聊か行き過ぎた、クリストフは物事の判断できぬ男になってしまっていたのだ。
全てを優しさによって包もうとするのは王の素質の一つである、そこに疑いようはない。だがそれは戦時における王の素質ではないのだ。
クリストフはアーニアルを使いヨルツチェミンとの融和を望んでいた、ヨルツの国と結びつこうとしていた。それは決して許されることではない。
このアルカトールは聖人によって建てられた国である。ヨルツの国と融和……それは実質隷属で、それを結べば我がアルカトールはヨルツの神を押し付けられることになるだろう。
それは断じて許されることではない。
皮肉というべきか、その点教育を放棄され忌み子のように扱われていたアーニアルは非情なまでのリアリストに育っていた。
今でも覚えている、私と初めて出会った時の、まだ九歳のアーニアルの目。まるでこの世の辛酸を全て嘗め尽くしたかのように凍てつき、その感情は完全に失われていた。
十二の時感情を演じることを覚えたアーニアルは二年後父王アリアスの戦死で泣いて見せた。アリアスはアーニアルに優しくあり、忌み子であるにも関わらず何度も会いに来て彼のことを気にかけたから、本当に泣いていたのかもしれない。
だがアーニアルは人々がいなくなるとまるで何事もなかったかのように立ち上がり、私に笑って見せ、こう口にした。
"幼き子供に見えたか? ソーリス"
この時ほどあの子供を恐れたことはない。泣いた演技が恐ろしかったのではない、私がクリストフに対して反感を持っているという事を見抜いていたことだ。
アーニアルは私の前でわざとあのように演じて見せて自分の価値を私に示したのだ、あの愚兄とは違う自分というのを。
我らはすぐに同じ目的のために水面下で結ぶと、クリストフの廃嫡を計画し、それを成功させる。クリストフはまるで謀略というものに警戒心がなかったから、あっという間にそれは終わった。
神を裏切ろうとした背信者クリストフを追い出した弟王子という大義名分を手に入れたアーニアルは、あっという間に身辺からクリストフ派を排除すると、私を筆頭に自らの腹心でシャインガルの席を埋める。
政治を綺麗にやりすぎようとする嫌いのあったクリストフと違い清濁併せのむアーニアルの手腕は商人たちにも受け入れられ、シャインガルは彼の力によって明確に強国へと成長し始めていた。
しかし一つだけ問題があった、そう女王の事だ。
既にアーニアルとクリストフの母は他界し、あのゼベ・メリアは後になって家同士の繋がりを強くするため連れてこられた妻であった。
アリアスもクリストフとアーニアルばかりに構い、あの女はまるでいてもいなくても変わらないような扱いをされていたから、あの女がアーニアルに対し反意を抱いていたとは気づけなんだ。
クリストフがアルカトールより追放されたことを根に持ち、あの女は反アーニアル派を結びついていた。家柄を重視する頭の固い連中がアーニアルに反抗心を抱いているのは知っていたが、アーニアルは国教の守護者、うかつには手を出せないと思っていたものの……
まさかあのような手に出るとは迂闊は私であった。
しかし早々に収拾がついて何よりである。既に時は一刻を争う事態、城塞都市リレーアが陥落するとなれば一大事。
このアルカトールは人口27万、山脈に横倒すように三角に広がる国土を持つ。故に北から攻め込まんとすればリレーアは必ず経由しなければならず、リレーアを避けるとなればウルドラ山脈を越えなければこのアルカトールの領土には踏み込めない。
そのような歴史を持つからリレーアは人口3万に強固な防壁の築かれたこのアルカトールの盾としての役割を持つ。このリレーアが破られたことはここ七十年ない。
しかし此度の戦は周辺に住まう蛮族でも地方の領権争いでもない、この大陸に覇を唱えるために動き出した制圧戦争だ。さらにリレーアに向かうバイバレスは我々と何度も刃を交えた因縁ある相手、リレーアをこれ以上よく理解している敵もいないだろう。
ヨルツチェミンの王、シュマルツ・ベイクは若き王だ。
さすがにアーニアルほどではないが、ヨルツの王になってから七年、齢26の男だという。
シュマルツがこの戦争を始めたのは今から五年前、シュマルツの力によって統一されたヨルツ国は一斉に南下、若き王と共に進軍する騎士たちの槍ともにあっという間に北陸を支配してしまった。
これに危機感を覚え中央、南部の諸国が連合を組みシュマルツの軍勢に挑んだのが二年前のこと。アリアスもまたその戦いに出立し二度と帰っては来なかった。
シュマルツにより北陸中央はほぼ全てヨルツの手に落ち、我が国の手前、バイバレスもまたヨルツとの戦いに敗れその軍門に下ったというわけだ。
バイバレスだけではない、我が国から北の諸国はほぼすべてがシュマルツの手に落ちた、正直言って状況は絶望的と言っていいだろう。シュマルツが率いるあの精強な軍勢にどうして未だ混乱にあるアルカトールが勝てるか。
それ以前にシュマルツの軍と戦う前にこれら属国を打ち滅ぼさなければならぬわけで……勝ち目などあるものだろうか。
だが私に選択肢などない、結局のところやるしかないのだ。
幸運にも賢明なる王を頂き、王の障害は今取り払われた。戦わずして滅びるということはないのであれば、それは十分に幸運だ。
叶うならばこのアルカトールを無事守り、あの若き王の治める未来というのを見てみたいものである。
そのためにはこの体が朽ちるまで働こう、悪魔の軍勢に立ち向かうならばそれこそ神の力が必要となるであろう。
聖戦士。
かのものの力がもしこの国を守るのであれば、私は……。
記録者 ソーリス・ウェリ・ベジャントルドー




