【3】旅は道連れ
快適な気温に快適な天気。ついでに建物のまるでない快適な道、今日は素晴らしい旅路になりそうだ。
「あ、あの」
「なんだよ」
俺が作戦行動中でわけのわからない女二人と一緒にいるという事実さえ除けば。
「名前くらい教えてくれたっていいだろ」
「ジャンパーだ、そう呼べ」
「絶対に違う」
深くため息をつきながら足元の様子をうかがい、万が一にもトラップの類が無いように細心の注意を払い進む。
先ほどのような野盗がいるのだ、どんなことが起きてもおかしくはない。そして問題を起こすとしたら先頭を行く彼女だろう。
「一体何が不満なんだ、ジスト・タインガム」
あからさまに不機嫌そうな顔でこちらに振り返り、ジスト・タインガム、鎧を着こんだ女は口を尖らせる。
「こちらがちゃんと名乗ったのに失礼だとは思わないのか!?」
またこれだ、堂々巡りの会話。
「悪いが本名を教えるような仲じゃない、わかるだろ?」
「わらかん! 名乗って一体何の問題があるんだ!」
(大ありだ)
と言ったところで説明する気もないし、説明したところで彼女らが理解するわけでもないだろうからとうの昔に諦めている。
さすがに同じ話を何度も繰り返すのは飽き飽きしてきたところだが、だからといってこちらの事情を事細かに話してやる必要もない。
もし万が一つにも事情を話して俺の悩みが解決するとあらば悩むところだが、まずそれはあり得ないだろうし。
「こいつはいつもこんな調子なのか」
とにかく話を逸らすために、もう一人の旅仲間。
「パラダ神官殿」
白いケープにレースのベール、腰まで伸びたウェーブの金髪がいつでもどこでも目立ってくれるあの少女に話かける。
よたよたおろおろと舗装されていない道を歩く彼女の姿はどうにも危なっかしく、まるで大西洋にくりでたおもちゃの船を思わせた。
「え、えぇ、ジストはよくやってくれています」
「まぁ確かに道中寂しくはならないな」
「どういう意味だ!」
目立つ、貧弱、そして神の従僕な彼女を守るためには随分とお前が役者不足に見えるんだよ……と出かけて口を紡ぐ。
こちらの世界の情勢はわからない。もしかするとこの間抜けな彼女でも務まるような仕事だと思われているのかもしれないし、神官といっても左程重要だとも思われない可能性も考えられた。
「私は優秀な護衛だぞ!」
あれのいう事は置いといて。
(正直ただ殺そうとしているようにしか見えないけどな)
明らかに無理のある旅程だ。
まだ馬や、何かしらの移動手段があるならともかく徒歩でこの距離を、しかも森の中を通過しなければならないときた。ここに悪意を感じるのは俺の考えすぎだろうか。
まぁ考えたところで答えの出る話ではない。幸いな事にまだ森に入るまで一時間は歩かなければならないし、これから陰気な空気を吸う前に目いっぱいこの快晴の空の下で陽気をためておこう。
話を聞く限り森の中で一泊しなければならないのだから、しばらく太陽は拝めそうにない。
(それにしても)
いくら傾斜があるとはいえ、ただの草原の脇道でこれほど不安定な彼女が、神官様がどうして今から森に入れるだろう。
とてもではないが俺に明るい想像はできない。
最悪彼女をジストに担がせることも考慮しつつ、ふと視界から消えた白いケープ姿を追って視線を下げた。
(……おいっ!)
言わんこっちゃない、接地を間違えて上体のバランスを崩していた。
あのままではこの傾斜に任せて地面を転げるだろう。
(まったく!)
体を蹴りだして、一瞬宙に浮きあがり、足を振って地面の角度とほぼ同じように体を傾ける。
彼女のバランスが崩壊するまであと一秒もないといったところ、俺の体は彼女の下にちょうどクッションになるように滑り込む。
摩擦係数が高くなるように設計されているブーツの底の勢いを殺しながら、俺はその時を待った。
「きゃあっ!」
かわいらしい悲鳴と共に、信じられないほど軽い衝撃が俺にふりかかる。ちゃんと食べてんのか。
「あ、あ、ごめんなさい!」
「泥ついたけどクリーニング代は勘弁してくれよ」
顔を真っ赤にして俺から立ち上がろうとして、またよろよろとバランス悪く上体が揺れる。
まぁこれに関しては俺が体幹を守るためにつけているプレートキャリアの表面が、凸凹しているせいでうまく力が入らないのが大きいのだろう。
彼女が完全に俺の上に退いた事を確認してから立ち上がると、彼女の手を引いて立たせてやる。
「あ、ありがとうございます」
「おい随分と軽いがちゃんと食べてるのか? 食べなきゃ歩けもしないぞ」
相変わらず顔が赤いままだから、気を逸らしてやろうと投げた雑談ではあるが、彼女の軽さもまた確かに気になっていた。
恐らく同世代の平均体重から(といっても現代、俺のいた世界のだが)-5kg前後くらいだろうか。身長も随分小柄だ。
小柄ならば普通バランスはとりやすいはずだが……。
彼女を見ていてふと視界に入った足元。なるほど、これではああも不安定になる。
いわゆる草履のようなものを履いていて、足元を随分と汚してしまっている。
「わ、私たちは神に仕える従僕ですから、主の下さった糧を頂き生きています」
「肉は? タンパク質や炭水化物を抜いちゃスタミナが持たないぞ」
「タンパク……?」
「あぁ悪い、普段は何を食べてるんだ?」
かといって予備の靴などもってきていないし、俺のブーツを貸そうにもサイズが合わないだろう。
せめて彼女の服についた泥を最低限払ってやるとしよう。俺もグローブにいくらか泥がついてしまっているから、完全に取ろうと思ってもとれはしないので本当に最低限だ。
腕、肩、腰。
「パンやオリー……」
尻。
「ん?」
語り掛けた口が止まってゆでられた蛙のように真赤になって頭から湯気を出すパ・ラダ・エクラートル。
とりあえず泥は一通り払えたと思う、グローブについた泥を地面に打ち捨てて旅を再開しよう、そう思った時
「ぎゃああああーーーーーーーーーーっ!!」
思い切り汚い悲鳴も聞く羽目になった。
お陰でパラダも正気に戻ってくれたようだからいいけれど。
俺たちよりだいぶ先に先行したその人、声の主の元へと駆けつけてやれば思わず笑みも零れる。
「お、おい、早く助けてくれ!」
「おい、誰が優秀な護衛だって?」
古典的な罠。
縄に足を引っかけるとどこかでウェイトが落ちて縄が引っ張られ、足を引っかけた対象の足首を絞めて宙づりにするという奴だ。
見事に引っかかったどこかのアホは鎧の足首を絡めとられて森の入り口まであと少しというところの木にぶら下がっていた。
「は、早く助けろ!!」
「なぁ神官殿」
「はい」
よたよたとようやく追いついてきた彼女とそろって二人、空を見上げる。
「宙づりで下着晒してぐるぐる回ってる奴に助けを求められた場合、あんたらの神ならどうする?」
「……」
しばしの沈黙。
「祈りましょう」
「そうか」
言うが早いか彼女は膝を折って手を合わせ、目を閉じる。
「祈るな! 祈るな! 助けてくれ!」
騒ぐ馬鹿を背中に、俺はこの罠を仕掛けた張本人が来る可能性を考慮して周囲を警戒するのであった。