【36】悪夢
肌がざらつく、まるで巻き上げられた砂利の中に放り込まれたようだ。
この緊張感はヌリ・モスルで民兵に包囲された時を思い出す。
(まずいな)
絶体絶命ってやつだ。
「やめておけ」
「っ」
衣装の下につけていたホルスターに手をかけた瞬間、赤く光るその双眸が俺を捉える。お見通しってわけか。
「拳銃などで私を殺すことはできない。 無駄弾を使うだけだぞ」
こいつ。
(俺の世界に対しての知識がある)
銃という存在を知っているだけ、にしては随分と状況をよく把握している。それに奴が使った拳銃という言葉……この世界の技術ではまだ生まれていないものだろう。
つまりこの趣味の悪い髑髏仮面野郎は
(俺と同じ世界から来た、現代人)
そういうことになる。
「私は今祝福しに来ただけに過ぎない。 諍いのためにここへ来たわけではない」
目の前にようやく求めていたそれ、現代への帰還の手掛かりが現れたというのに、俺の心は全く弾まないどころか、戦時にあった。
こいつは危険だ。理由などない、全身の感覚が全力で警鐘を鳴らしている。
「聞き分けのない男だな」
取り出した拳銃のアイアンサイトでのぞき込む奴の顔が、よりくっきりと俺の目の中に映り込み、夜空に浮かぶ二つの赤色矮星もまた俺を見ていた。
「アーニアルを退避させろ、今すぐ! 今すぐだ!!」
近くでぼけっと間抜けを晒していた兵士に声をかけて、退避を開始させる。もしあいつの言う通りこいつでは殺せなくとも時間稼ぎくらいはしてみせるつもりだ。
「イヅさん!」
「パラダ、さっさと行け!」
彼らを守るように背を向けながら、じわじわと城の入り口に向けて下がっていく。塔の上にいる奴の姿が、ゆっくりと壁の向こうに消えるまで、慎重に、慎重に……。
「!?」
視界が揺れた、目の前を爆撃がかすめた時などこうして世界が“シェイク”される時がある。
この時もまたそれと同じように世界が震え、俺の目の前の地面が大きく削れていた。
まるで隕石の一つでも振ってきたかのような惨状が広がり、吹き飛ばされた石のかけらが砂煙と突き破って取り付けられていた装甲をいくらかへこませる。
「……」
その姿は目の前で見るとより迫力があって、まるで恐怖そのものがそこにあるかのようで、俺は指に力が入らずにいた。
だが一瞬の空白の後、喪失した自身を取り戻し、兵士はやるべきことを行うべく行動する。
そうだ、考えるな。兵士は目的を果たすための手段に過ぎない。
「……」
引き金を何度も引いた、システムが壊れているわけではない、手には何度もその反応が返ってきているのだから。
9mmパラベラム弾が何度も奴の急所めがけて飛んでいるはずなのだ。
「っ!!」
「やめろと言っている」
この男の周りにまとわりつく黒い霧のせいで距離を測り損ねた、既に俺は奴の射程、いや手の伸びる範囲に入ってしまっていたらしい。
俺の首を掴んで右腕が、ゆっくりと俺の体を持ち上げ始める。
「私は争いを好まない」
嘘つけこの野郎。
じゃあお前の腰にぶら下げられたでかい剣は一体なんなんだ。
俺の首を絞めるこの金属質の手は一体なんなんだ。
呼吸が止まり薄れる意識で、俺はめいっぱい奴の体を蹴りつけてみたが、まるで金属片の山を蹴りつけているような感触がひたすらに帰ってくるのみであった。




