【28】相思
俺の目的はただそれだけ、“単純な一つ”。
「手を上げて腹ばいになれ、伏せろ伏せろ!」
女王の捕縛。
「視界に入って立っているならば殺すぞ! 戦う意思がないなら伏せろ!」
扉を蹴破る、木製の質素な作りであるからブーツはそれに打ち勝つと、派手な土煙を伴い内側に向けて倒れだす。
槍を持ったまま立っていた男が、ぽかんと抜けた表情を浮かべていたのが視界に入る。
引き金を二回、のけぞった頭のせいで着弾の確認ができなかったので倒れた額に一発、拳銃を打ち鳴らして部屋の安全を確保する。
ライフルは詰めに詰めたショートカービンであるからこういう室内での戦いでも威力を発揮するが、いかんせんもう弾が心もとなく、万が一組み付かれた時ライフルよりも拳銃の方が取り回しが利く。
「伏せろ、今から入るぞ! 死にたくなければ伏せろ!」
次の部屋、足は止めない。アメリカンメソッドならば移動と射撃、それぞれを別けて行うから、こうして走りながら構えるというのはありえないことだ。
「伏せろと言っただろ!!」
泣きじゃくる子供を頭の上から押さえつけて、こちらに向けて突撃してきた衛兵の額を撃ち抜く、マガジンキャッチを押し込み新しい弾倉へと交換する。
休むことなく走りだす、出会った男の死体が通路に転がらないよう右側から射撃を加える、走る、構える、進め。
部屋の前以外で足を止めることのないこの動き方はイスラエルのものだ、狭い室内戦が主任務となるイスラエルでは西欧主流のメソッドとはまったく別物の戦い方が工夫されている。
そのイスラエル人がFLAGSチーム4の教官だったのだ、嫌でも覚えさせられた。
だが常に走っていようが俺の内心は焦るばかり。
女王まであとどれくらいかわからない。そもそも女王の居場所もわからないのだから、このやり方はやはり無茶があった。
例え何人殺そうがこの広い城の中で女王を見つけることと何ら関係がないのだから。
(邪魔をするな)
アーニアルから聞いていたが、この女王の親衛隊というのはどうにも頭の固いやつが多いらしい。半数は武器を捨て地面に伏せるもの、残りの半数は勇猛に槍と剣で向かってくる。
親衛隊は手柄さえ立てれば身分問わずのならずもの部隊、手柄と見たら命を顧みない奴がほとんどだと、確かにそうではあるらしいが。
目の前で二人が撃ち殺されても平然と剣を振り上げ正面から向かってくるのはどういう神経だ、これでは野盗どもと変わりない。
こんな奴らが次々と来るのであれば、女王との距離は離されるばかりだろう。
たった一人では限界がある、それはわかっていた。聖戦士ともてはやされて調子にでも乗ったか? いや違う。
「お前!」
「な、なんだ! 敵対するつもりはない!」
俺はどうでもここに来なければならなかった。あぁ、来る理由があった。
親衛隊の鎧に身を包んだ男に銃口を突き付けながら、俺は前に進む。
「女王はどこだ!」
俺の耳に届いたあの言葉を、聞き逃すことはできなかった。
「ひ、東の離棟だ!」
“あの女を今すぐ捕えなさい! 殺しても構いません!”
半狂乱の女王の声。今でも耳に残っている。
アーニアルの予想よりもはるかに早くあの問題児が動いてくれたおかげで全てが狂ってしまった。
予定ではアーニアルの弁によって民衆に熱が乗り、そこでダメ押しの聖女の言葉一つでよかったのだ、それをパラダは。
(よりにもよって!)
まさかあんな早く出てくるとは、そうなれば女王が彼女を止めようとするのも当然だ。アーニアルの予定では民衆がパラダを守ってくれるはずだったのに、その民衆とは別の場所へいるし、こうなれば女王も逃走を開始する。
男の首を締めあげ、失神を確認したらすぐさまその部屋を後に東へと飛び出す。城内の地図は正確に把握していないが、この城へ拉致された時最低限記録しておいてある。
東の離棟とやらはここからおよそ十五分のところにあるはずだ。あの女だけは逃がすわけにいかない。
(クソッ!)
また女絡み。
というか、パラダ絡みで俺は死地にいる。
(あぁクソ、俺の女運は最低らしいな!)
情感、義理や情けは自分の身を滅ぼす。そんなことはわかっていたはずなのに、どうやっても俺はその甘さを捨てきれないようだ。
ネイサン、出来の悪い弟子だ、叱ってくれ。




