【21】熟睡
俺達が選べる手段は二つ。
まだ熱したばかりの薪の上を走って潜り抜けるか、それとも誰も知らない静かで長い道を歩くか。
選ぶこの時間ですら惜しい状況だ。
答えを迷ってる暇はない。
「タンガ。 英雄になるつもりはあるか?」
「……」
正面に居るのは大よそ六十人ほどの小隊、こいつらを避けていくとなると随分と時間を使う事になる。
その上そのそっちの道に障害ないとも保証はないわけで、そうなるとリスクを天秤にかけてそれがどちらに傾くかは一目瞭然。
「タンガ、バックアップだ。 前に出るぞ」
背中から長い長いそいつを取り出したタンガを横目に、俺は胸にひっかけられたそいつを安全ピンを引き抜く。
六十人を一気に無力させるとなるとさすがに戦車の一つでも欲しくなるところだが、残念ながら今あるのはこの身一つだけ。
しかも気づかれれば騒動になる、全て静かにやらなければならないんだから苦労もするさ。
一先ず一番近い歩哨の背中に立ち、草むらから飛び出た手は彼の口を塞ぎながらその喉を後ろから一突きにする。
声を出そうにも血が喉を塞いで栓を作り、暴れようにも口を塞ぐ腕に効果的な力を入れることは出来ない。
開けた射線から見える二人の男を後頭部から漏れ出す血が線を引いて倒れこむ。死体を隠している暇はないから、始まってしまったのだから前に進む。
倒れた音に近づいてきたのは五人、彼らはすぐにその倒れた死体に気が付くだろう。
五人もまとめて殺すことは難しい、出来るか出来ないかではなく可能性として失敗があり得るという話で、そんなかけ事を今やるわけにはいかない。
だから俺はそれを待った。
「っ!?」
最も奥の一人の首が吹き飛ぶ。超音速の弾が通り過ぎた音は残った四人にも聞こえたはずで、一体何が起きたのかと状況を理解しようと努力する。
だが、それを理解する暇はなく彼らは皆同様に倒れる。 俺が殺ったのは三人、後の一人はまた不思議な力、不思議な甲高い音と共に倒れた。
タンガの狙撃はこの距離ならば寸分たがわず目標へ命中する。既に1/6が失われた連中にその事実が伝わるのは時間の問題。
俺は草陰から飛び出して前進し始め、視界に入ったものはすべて倒れてもらい道を開けてもらうとしよう。
右から飛び出してきた一人を捕らえる。力なく膝から崩れ落ちた彼を避けながら左を進み、前から来た三人もまた同様にそこに倒れ落ちた。
同時に彼らの向こう側へと投げられた筒が一つ転がる。先ほどピンは抜いてあるから、衝撃感知で激発するそいつはもうすぐに破裂する。
近くにあった岩の影に滑り込み、既に残弾の尽きたマガジンを捨てながら、背中でそいつが破裂する音を聞く。
「なっ、うっ……あっ……」
人間聴力と視界を一気に失うと大声を出せなくなる、その上に正常な思考力を失い、何者かに襲われていると気が付いているのに地面に向けて臥せってしまったりする。
そんな彼らを一人一人無力化しながら、倒れた死体を心の中で指折り数える。二十、二十一。
「くそっ! くそっこ、なん、なんだ! なんっ……っ!!」
二十二。
鼻から入った弾丸は頭蓋骨を貫いて脳漿を噴水のように噴出させる。
タンガの狙撃は相変わらずぶれることなく周囲を警戒し、この異常事態に気が付いたその誰かを無力化し続けていた。
既にテントの中に入って休み始めていた連中も何かが起き始めていることに気が付いてその眠りから覚めて出てくるころだろう。
だからその前に彼らには昇天してもらう。
(まさかこんなもの使う事になるとはな)
俺がスマートグラスをつけていた理由はバッテリーの問題ともう一つある。
暗視装置は使うと面体に干渉するからだ。
口元を覆うガスマスクに濾過された空気はどんな劇物が気化したって俺を生かしてくれる……粘膜接触で発症するものならアウトだが。
こぷこぷとガラス瓶の中で反応し始めるそれを風上に設置して、彼らが良い夢を見れる事祈ろう。
ここから200m先の風下は、全員これから出血熱を発し、20分もしないうちに死ぬことになる。
中東で開発されたバイオテロ用のサンプル。
せめて最後くらいはそんなことも知らず、静かに逝ってくれ。




