【16】来高
前哨戦、燃え立つ肉の臭いを嗅ぎつけた鼻がぴくりと震えた。
多くの人間が命のせめぎ合いをするときに放たれる独特の臭い。
それが脳髄にまで染みわたって吐き気を催す。恐怖と死の臭いがべったりと張り付いた体内は、まるで泥を流し込んだ後のよう。
(くそったれ……)
俺たちは死ぬ。この炎の中に入れば俺達じゃなくたって、誰だってくたばるさ。
炎に撒かれて骨までこんぼり肉すら残らない。
だから俺たちの前に立っている骨共を炎よけにしながら、徐々に徐々に道を作っている……クソッ!また腰布に火が付いた!
「撤退、撤退だ、下がれ下がれ!」
「いいんですか!?」
「いいんだよ! こんなところ、いつまでもいられるか!」
骨だけが前に進むが、俺たちは今来た道を一つ一つ慎重に戻っていく。
このままついていったところで壁にたどり着くころには俺達全員消し炭だ、ふざけやがって!
事実引き返しているのは俺達だけじゃなく、周りを見ればほとんどの連中が俺達と同じようにして踵を返してる。
当たり前といえば当たり前だ、こんなもん作戦とも呼べない、俺たちを殺すだけのもんだ。
そもそも。
「どうせあいつらだけで足りるんだろ! だったら俺らが行く必要はねぇじゃねぇか!」
「そりゃそうだ!」
あの骨の連中の数は相当なもんだ、最初は俺たちの方が多かったが、今じゃそいつも怪しい。
ご高説通りリレーアの連中が数を減らしてるなら俺達の助けなんて必要ないだろ! 勝手にやってくれ!
だが勝手に退いたことがバレれば最悪殺される、辺りに監督官が居ないことを確認しつつ、俺たちは戦場から少し離れた暗がりに逃げ込む。
全てが終わってからのそのそ出ていけば誰も文句を言わず戦勝ムードに乗れるはずだ。俺は大体こうしてやばい戦場をいくつも生き残ってきたぜ。
「隊長さんよ、どうすんだよ」
「馬鹿。 黙ってここにいりゃいいんだよ。 それとも何か? てめぇはあそこに突っ込んでいきたいのか?」
未だ壁の前は真っ赤に燃え下がり、その中を進む骨共に向けて放たれる容赦ない攻撃の数々。あんなところに深入りしたら一秒だって生きてられない。
それを改めてみて部下の、誰だか知らないが馬鹿野郎も首を振ってようやく黙った。まったく馬鹿のくせに命令に従う事だけは一人前であろうとしやがる、。
まぁ、そんな連中があそこでどんな目にあってるか見れば一発で眼も覚めるってものだが。
(よくやるよ)
俺みたいに賢くない連中はそれに気づかずまだ攻撃を続けている。大した連中だ、死ぬ以外出来ることのない能無し連中。
だが連中も役に立たないというわけじゃない。死ぬことにだって意味がある。
あまりにも愚直なあいつらの攻撃によって、確かに徐々に壁は包囲されつつあって、どうやらリレーアの防衛力は本当に低下してるらしい。
本当に徐々に、徐々に、徐々にだが、壁に一歩一歩近づいていって、死体を踏み越えて新しい死体たちが進んでいく。
たまったもんじゃない。
俺たちは腐れ死体でも考えなしの勇者様でもない。生きるために毎日必死なだけの、だたの男だ。
だからこそ生き残るためならなんだってする。馬鹿どもが死ぬのをただ見て呆れて、隠れて、時間を待って
(……)
それを思い出す。
少し前、駐屯していた時小便に出たら、俺はわけのわからない連中に掴まった。
正直殺されると思った。俺もいよいよ終わったのだって思った。だが、意外な事に今まで生きて、連中は俺を殺すでもなくただ解放してくれた。
兵の数だとか馬の数だとかそんな質問を散々されて
(……どうする?)
最後に、俺に一つ約束をさせてからだが。




