【9】事実
「来ると思うか?」
来るか、来ないか。
コインの表裏を当てるようなもんだ。そんなことはその本人にしかわかったもんじゃない。
だが今の俺には何故だかその確信があった。
「来るな」
「神の目には何でもお見通しか?」
確かに、今の俺は神の心地だ。この両目に全ての出来事が映るような気がする。
この地平線の先にある、その大地にうごめく悪意が、見えるような気がした。
俺たちの立つ城壁からはまだその姿が見えないけれど、きっといつかあそこを超えて奴らはやってくる。
俺が言うことをおかしな質問で返してくる王様も、そんな俺の勘を信じてのこと。
「この戦いを指揮した奴は尋常じゃない。 自分の兵士がいくら死のうが構わない、ただ目的のために邁進する鉄の意志がある」
「ああいうのが最良の支配者か?」
「さてな。 ともかく一度失敗したとはいえど、傷を与えて治る時間を与えてくれるとは思えない。
目的を果たすためこの手の人間はたゆまず前進を続ける。 ただの勘だが、そんな気がする」
だがやはりこの機会を、あんな作戦の立案者が逃すとは思えない、チャンスだというなら必ずやってくるはずだ。
勝利がそこにあるならばどれだけの犠牲を払う事も厭わない。
靴の裏についた雑草の事に何故頭を悩ませなければならないのかそういうことを本気で悩む野郎の顔が見える。。
だったらこの攻撃だって戸惑うはずが無い。
ここを超えて、死体の山を越えて、奴は使命を果たそうとするだろう。
「地雷原というのはどれだけ効果があるのだ?」
「普通の奴らなら300人くらいは減らせると思うが」
「骨が歩くのは普通じゃないな」
「そういうこと」
こっちにきてから色々あったが、ほんとに俺を飽きさせないところだ。今度は歩く骨の連中とは。
さすがに足を吹っ飛ばせば動けなくなってくれるようだから、こうして地面のお友達を複数ばらまいては守備を固め続けた。
ちょっとしたハリネズミの屋敷。入った人間の手をズタズタに引き裂いて、恐怖を植え付ける。
「なぁ、ところで質問を一ついいか」
「あぁいいぞ。 いつ聞いてくるかずっと待ってたんだ」
とりあえず防衛準備は順調に行っていることを理解して、俺たちは二人は城壁の外側から内側に振り返った。
そこにあるのは、鍋。
この城壁で監視にあたる兵士たちが暖かい飯を食うために備え付けられたものだが、何故か今は兵士もいないのにぐつぐつとに立っている。
「ハリエンス、お前に罪がないのはわかっている。 だから責めない」
「は、はい!」
声をかけると鍋に向かっていた少女が、口の中にものを入れながら振り返り、あわてた様子でそれを飲み込んだ。
一方でその手前にいるもう一人は、鍋の中に浮かんでいる芋を口の中に詰め込むのに忙しいらしくて黙々と口を動かしている。
もう俺もすっかり慣れたものだから、笑顔を作ってそいつの隣に座り込んでは動物を見る様な地合いを向けてやった。
「美味いか?」
「んっ……うまいぞ。 やらんぞ」
「いらないし安心してゆっくり独り占めしてくれ」
「あぁ」
ここ最近身だしなみを整える暇もなかったせいだろう、ぼさぼさの銀髪を振りながら、ネズミを思わせる容姿が小刻みに揺れ始める。
「だがその前に一つ質問させてくれお嬢さん。 さっき聞き捨てならないことを言ってたよな?」
「……なんだ」
露骨に嫌そうな顔を上げてこちらに向く。お前は飯と俺らの生死どっちが大事なんだ。
……多分飯って答えるんだろうな。
「ゼベダイ」
だが、こいつには聞かなきゃならないことがある。
そいつはこの後の俺たちの生死を確実に分けることになる、そういう類のものだから。
「お前はこの指揮官の事を、知ってるんだな?」
「……おかしなことを聞く奴だな」
心底不思議そうにしてから俺たちに顔を向ける少女は……ほお袋の右側を目いっぱい大きくしながら
ゆっくりと言葉を次ぐんだ。
「リシェンのことだろ?」




