【34】我彼
とんでもない奴もいたものだな、この状況で夜襲をかけてくるか。
「松明はあるだけ出せ、味方同士で打ち合いなど冗談にもならんぞ」
「は!」
既にタッツ・フロップイふくめ全ての部隊が総出で防衛にあたっているが、どうも戦況は芳しくないらしい。
いくら戦争音痴の私だとしても状況の趨勢くらいはわかるつもりだ。
兵共の慌てぶりを見れば、その状況の如何を把握できるようにはなっている。
「外は未だ雪の中か」
「そのようで」
まったく、この作戦を起こした奴は相当の覚悟か、それとも向こう見ずの命知らずか。
どちらにせよ尻尾を掴まれたな、このままでは逃げることすらままならない。
外に脱出しようにもこの吹雪の中ろくな護衛もつけずに出れば、例え奴らから逃れられたとしても
胃を凍てつかせてさまよう狼たちの餌食になるだけだろう、氷の中に封じられるなどもごめんだ。
認めたくはないが敵の指揮官の狙いが私だというなら、これは随分と効果的な行動となる。
今私を含めこの軍を指揮する連中は逃げ場がない。この防衛網を破れたのならば一網打尽だ。
彼らとて相応の犠牲を払うだろうが、それだけの価値があるということか。
あぁ困ったことに、厄介な相手だな。
「ソーリス。 大天使とやらを呼ぶことは出来んのか。 私が話をしたがっていると伝えろ」
「申し訳ございませんが王よ、この雪の中では我らが主も少々お冷えになりましょう。 日を改めなさってください」
「まったく、こういう時に役に立ってこその信仰であろう」
逃げ場のないこの中我らにできる事……それこそ祈る事くらいか。
我らが臣下の働きを信じ、祈り、流れに身を任せる。
「……なんだ」
そう覚悟を決めていれば、隣でカシャカシャと金属の擦れる音がするからそっちを見てみれば
ソーリスが一本の白刃を鞘から抜いていた。この部屋の中に置かれてはいたが、一度も使われたことのない剣だ。
「ご老体は剣もできるのか」
「いえ? これで剣を握るのは人生で三度目です」
「25年に一度の出来事、素晴らしいな」
「そこまで老いておりません」
…しかしソーリスのことを馬鹿にするいわれはない。私も見習うとしよう。
部屋の中にあったもう一振りの剣を握り、持ち上げてみる。思ったよりも随分と重い。
私はその出自から余り多くの事を学ぶ機会が無かった、剣もまたその一つ。
正直な話舌戦ならば早々に負けるつもりはないが、これがこういったやり取りとなるとそこらの子供にすら及ばない。
だがそれでも出来ることがあるならばそれを行う。この首落ちる時まであがいてみせるのが、王たるものの
いや
「ソーリス」
「は」
貴種たるものの務めだ。
「矢のふる夜を歩くぞ。 良いな」
「やれやれ、風情のないものですな」
鎖を編んだ服は重い、行軍中は不測の事態を防ぐために常につけているから慣れたとは言え、やはりどうにも体が引きずられるように感じる。
しかしながら、私もこうしていざ事態に即してみれば、自分の中に紛れもなくその血が流れている者だと感じられた。
なるほど、これが滾るというものか。
装備を一式身にまとって、今こうして自らの危機にある自分の奥底から湧き上がってくるこの命の意志。
例え誰かを除いてでも、生き残らんとするこの意志こそ、我々の血脈に流る父祖らの滾り。
「我が首、易く落とせると思うなよ」
確かに私の体の中にも、それが流れているようであった。




