【20】命脈
先ほどまで静かだった森は一変していた。
「どういうことだ、これは」
俺たちの関与しない場所で戦いの声が上がり、刃と鎧のかち合う音が鳴り響く。
「さっき俺が鳴らした音」
そういって自分の胸元を指す、そこには拳銃が収められている。
「あれは騎士連中にだけ聞こえたわけじゃない」
あいつらも相当しつこい性質のようだ、狙い通りうまくいってくれたと感謝もするが。
「野盗連中だって俺たちを探してたわけだ、うまく聞こえてくれて助かったよ」
「貴様」
俺たちを追ってきた野盗どもと俺たちを追ってきた騎士連中、目的は同じだとしても彼らが相容れることはないだろうと踏んでいた。
これで状況はかなり混乱したものとなった、俺たち二人を探そうとする余力は左程残されていないはずだ。
「一気に突破する、ケツは俺が守ってやる、ひたすら走れ、いいな?」
どうやら西の方で開戦したらしく、蹄の音も、野盗どもの声もそちら側からしか聞こえてこない。
ならば東を一気に突っ切り稜線向こうへと入り、後は影の中を進めばいい。
「……貴様を信じた、見事私を救って見せよ」
そうこちらに視線を向けたアーニアルの胸を叩く。
「役に立たん神にでも祈れ」
教えたハンドサインはただ一つ。
「行けアーニアル、止まるな!」
行け。
「行け行け行け!」
森の中から飛び出した俺たちは驚くほど抵抗を受けずにその道を進める。
騎馬たちの視界から外れ逃げ出せる、それは望外の願いだったように思えるのに、なんと他愛無く俺たちは成功し一度も刃を交えることなくここを立ち去れた……
などということはなく、目ざとい連中というものはいるもので、早速俺たちのことを見とがめた騎士の一人が馬を反転させた。
(気づかなきゃ俺もお前も幸せだったんだぜ)
随分と距離が離れているが馬と人間の足だ、いつしか追いつかれる。走りながらではとても当てられない。
ブーツを地面に押し当て草の上に体を落ち着ける。
重心を低く構えて射撃の反動を体全身で支えられるように、
膝立ちの恰好になって照準をのぞき込み、左手はハンドガードを支えるようにまっすぐと伸ばされた。
引き金を引くと同時に視界の中で馬ごと崩れて宙に投げ出された彼の体。頭から重力に引かれ落ちていけばどういう末路を辿るかはよく知っている。
だがそのせいで他の数人、運のいいことに野盗どもも数人こちらへ気が付いたらしい。騎馬が二騎、野盗が四人こちらへ向かってくるのが見える。
もはや考える暇もなく彼らの体に引き金を引きその足を止め、俺もまたアーニアルの後を追って走り出し、五十メートルの距離を移動することに。
「くそっ」
途切れることなく追いすがってくる連中に対してまた射撃を加える、移動する、振り返る、撃つ。アーニアルの姿を見失わないように走りながら延々とそんなことを繰り返して、三つ目の切れたマガジンを投げ捨てた。
だがまだ彼らは諦めていない、俺の後ろを走るその人間の姿を追って、明確な意思をもって追いすがってくる。
「リロード!」
作戦開始時に持ち込んだ11個のマガジン、残り四つのうちの一つを抜き出しチャンバーへ弾を押し込める、撃つ。
草原の上でひたすらに人影を探して、頭と指はただただ動き続ける。
「はぁっ……はぁ……」
どれくらい走ったのだろうか、この広い草原の中見当もつかない。
「アーニ……アル……具合は?」
「……最悪だ、余はアルカトール国王、ウェールデル・ブルチェニズ・ヴェラニ・ドリシェン・アーニアルぞ……こんな、こんな」
「元気そうだな」
いつの間にやら追撃を振り切った。一体何人殺したかもわからず肩で息をする。
「……生き延びたのか」
「そうだな、なんとか死に損ねた」
「……」
周囲を見渡しても人っ子一人いない、ただひたすらに広がる草原と、それを茜色に照らす太陽。
生きた実感が湧き出すにはまだしばらくかかるだろうが、それでもそれが美しいと思えた。
「感謝する」
短く切られたその謝辞を言うために、引かれた顎。
そんな彼の顔には濃く影が落とされて。
「貴様、名は」
俺をまっすぐと見つめていた。
「ジャン……」
かぶりを振って言葉を切り、俺も改めてその瞳を見返す。
「伊津直久」
今日この日、この世界に、俺、伊津直久は生まれた。
そしてこの時俺は気が付くべきだった。
肩で息を切り、疲れはて、ようやくたどり着いた安堵に緩み切ってしまっていたのだろう。
「……」
俺たちを見つめる黒い鎧に身を包んだ異形のしゃれこうべに、気づくことができなかった。




