【2】接触
あの光だ。あの光のせいで俺はおかしくなってしまった。
こんなアホみたいな夢を見て、作戦中だというのに恐らく気絶しているのだろう。なんとも情けない話だ。
情けない話なのだが。
「おい囲め、囲め!」
「逃がさねぇぞこのアマ!」
どうにも、この夢はリアルに過ぎる。
「くっ……神官殿、おさがりください」
「ですが! あなた一人では!」
「我が命に代えてもお守りいたします!」
目の前では旅の女と思われる二人組の女性が野盗の類に襲われているようだ。
もし、もし万が一これが夢でなく現実だとすればこれは非常に危険な状況だろう。
だが危険だといってもこうしたシチュエーションでは不介入が原則だ。
存在を覚えられてもろくなことがないし、彼女たちに感謝されたところでメリットはいくつもない。
「よぉしいいぞぉお前ら! ジワジワなぶっていけ!」
「くっ!」
原則に従うのであれば、彼女たちを見捨てるのが正しい。
「こ、こんなところで……」
例え目の前にいるのががりがりに痩せこけた子供であろうとも、妊婦であろうとも、幸薄そうな青年であろうとも。
時代錯誤な鎧に身を包みアンティークの剣を振り回す女と、今時見たことないような古めかしいローブに身を包んだ少女が、映画の撮影としか思えないような野盗の集団に囲まれていたとしても、手を出すことはない。
だがこれは俺の夢だ。
俺が気絶してみている、ただの夢なのだ。
「安心しな、お前らは俺らが丁重に扱ってや……」
どうやら本当に体に変調はきたしていないらしい。
眉間と胸を直線で結んだ致命部に、風穴二つ開けた野盗らしい男は血を噴いて倒れる。
両手でしっかりと握ったシステム。こいつは競技用に調整されたSIG社のXシリーズだから、その反動は後ろに寄せられ照準がぶれることはない。
もう一人切りかかろうとした男の肩を撃ち抜き、倒れる男を追って耳の辺りに二発また打ち込む。
立て続けに鳴った破裂音と目の前で倒れる連中に何かが起こったことを気が付かなかったわけがない。
だが俺の姿は背の高い草の中に隠されているから、何が起きているのか理解できずにいるらしい。
後はさして苦労もしなかった、呆気にとられたまま動けずにいた残り七人を射撃の的に、拳銃へ装填されたマガジンを一つ使い切る。
(ダブルカラムにして初めてよかったと思えたな……)
呆気に取られていたのは男連中だけではない、当然だろうが襲われていた二人の女も口を開いてこちらを見つめていた。
別に彼女たちを助けたい、正義を行いたいなど思ったわけではない。
「止まれ」
現地人がどれほどの知識レベルなのか、そして彼女たちから得られる情報があるのか、現状ではそれを試みるだけの十分な理由があったからに過ぎない。
野盗連中ではなく彼女たちを助けたのも、いくらか理性的な話合いができるのはこちらであるという判断だ。
再装填を終えた拳銃が彼女の脚を止め、こちらへ向かって歩きだそうとしたその動きを制し、俺は徐々に背の高い草の群れの中から姿を現していく。
「剣を捨てろ、ゆっくり、ゆっくりだ……そうだ、下に向かって投げろ」
運のいいことにここは丘、傾斜のついた地面は一度投げ捨てれば重力に引かれてそのまま転がっていくだろう。
鎧に身を包んだ女はしぶしぶと言った感じで手に持っていたそれを投げ、それからもう一人をかばうように前に出る。
「ここはどこだ? お前たちは誰だ? 言葉は? 英語? ペルシャ語? 言っている意味がわかるか?」
「あ、あぁわかる、わかるぞ」
間抜けな質問だとは思うが、念のため聞いておかなければならない。先ほどの声を俺は理解できていたし、彼女の行動を見る限りこちらの言葉も理解できている。
言語は恐らく英語に近いものだと思うが、どうもはっきりとはわからない。
「ここはオルジャネイラ、私たちは旅のものだ。 この先にあるフェルベノ教会を目指している」
「アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、サウジアラビア、トルコ、パキスタン、聞き覚えあるか?」
「いや……どれも知らない言葉だ」
心の中で思わず毒づいてしまう。
(本当に異世界? 冗談だろ)
銃を知らない骨董品の住民、世界の国名が通じない世界、もしここが地球の上だとしても十分異世界だ。願わくば俺の妄想の世界であってほしいと思うが、頬を撫でる風や感じる質感はやけに生々しい。
(クソッ)
踵を返して歩き出す。丘の頂点でもう一度呼びかけてみよう、誰かが応答するかもしれない。
「お、おいっ!」
もしここが頭のおかしいイカれた世界だとしても、俺と同じようにここへ飛ばされた人間がいるかもしれない。それであればそいつと協力し、元の世界へと帰還する方法を探る事が出来る。
何はなくとも今は人手だ、一人では何もできやしない。
「おい、待ってくれ!」
「何だ!」
鎧女の叫び声にイライラとして振り返る。もう用はない、どことなりと失せてくれ。
「このまま私たちを置いていくのか!?」
「ん……あぁ、もう用事はない、行ってくれ」
鎧女の顔が今にも泣きそうになって歪む。なんだ。
「剣を捨てさせておいて、私たち二人に行けと言うのか!?」
なるほど、護身具がない状態での旅は確かに問題があるな。特に彼女らは女二人旅のようだし、どうしても先ほどのようなトラブルに巻き込まれやすい性質だろう。
「探せばいいだろ」
「無茶言うな!」
改めて景色を眺めてみる。雄大で、広々とした、どこまで続くような草原。
確かにここで探し物など正気の沙汰ではないし、低地に広がるのは森であるから下手すると森の中へと入っているかもしれない。
「悪かった、頑張ってくれ」
だが俺には関係ない、根気よく探せばそのうち見つかるだろう。彼女たちに構っているような暇はない。
「おぉい!」
どさどさ音を鳴らして追いかけてくるその足音に、咄嗟に身構えてしまった。握っていた拳銃の安全装置を外して、トリガーには指をかけないものの銃口を突き付ける。
女も先ほどの魔法が、俺に握られたこの小さな機械によって起こされたものだというのは理解しているようで、泣きそうな顔を青ざめさせてその場に立ち止まり俺を見た。
「悪かった、だがこれ以上俺に出来ることはない、ここでお別れだ。 互いに忘れてしまおう」
「……」
多少強引であるが、これで諦めてくれるなら安いものだと思う。
「無理だ」
「なんだと?」
泣き顔に赤ら目だった女は、先ほどまでと打って変わって決意に溢れた顔になっている。
「剣が無ければ街につくまでに神官様を守り切れない、私では無理だ!」
「だから悪かったと……」
「お前のせいだ! お前が出てこなかったら……!」
支離滅裂だ、そもそも俺が居合わせなければ二人ともとっくに物言わぬ死体になっていただろうに。
「だから! お前は私たちを安全に街へ送り届ける義務がある! 違うか!?」
「……」
ある日ネイサンがいっていた、“女は理屈じゃない”。
なるほど、確かに理屈ではない。
「わかった」
「……えっ!?」
ここでついてこられてずっと喚かれても迷惑だ、まさか本当に引き金を引いて解決するわけにもいかない。
「街とやらはどれくらい先なんだ」
「み、三日ほど歩いたところだ」
「わかった」
それに、呼びかけたところで徒労に終わる可能性が高かったのだから、こうして情報を得る機会ができたのならばそれはそれで充分だろう。
「方角は?」
「あ、あの山間を目指して進むとつくはずだ」
「あれか」
ぱっと見草原を大回りして行くか、森を突き進んで向かうかの二つ。
「コンパスを持ってくるべきだったな」
「コン……なんだそれは」
「お前あの森については?」
「詳しいぞ、そのために私が雇われたのだからな」
「そうか」
そうと決まればぐずぐずとはしていられない。この最悪の状況を脱するために行動を開始しなければ。
まず差し当たっては食料と水の確保、地理の把握、政治状況の確認、そして。
(ここは地球なのか?)
確かめなければならないことは沢山ある。
「先頭を行け、彼女は俺が見ておく」
「わ、わかった、頼んだぞ」
全てが変わってしまった世界で、一体俺のような人間は何ができるのか。
ただ生き抜く、今はそれだけだ。