【17】危急
「まったくあいつらは呑気なものだな、なぁそうは思わないかご老人」
送られてきた一通の手紙を開けて呆れてしまった。確か今後のオペレーションについて関わり合う大事な会合があるとかで
それに行かなければならないから、その間リレーアで軍事再編をやってほしいと言われたから私はここにいるんだぞ。
「ま、若者の特権というところでしょう」
「私はどうなる」
「あなたは王でございましょう。 王たれば若いも老いもございません」
「まったく、損な役回りだな」
私だってあいつと年齢は左程変わらないはずだぞ。それなのにこっちは毎日休むことなく話し合いに奔走、向こうは天国行きか。
一体私はなんだってんだ、これじゃああいつの侍従、役割があべこべだ。
「……ソーリス卿は何を読んでいる」
「イヅ様から送られてきた手紙を」
「なんだと」
私が手に握っているのはパラダ婦人が書いて送ってきた、どうにもふわっふわしてて毎日幸せそうなことがありあり書かれ
それ以外碌に中身のないもの。
正直読んでいてゲップの一つでも出そうになったが、もしかしてこれは読む必要がなかったのか?
「"恐らくパラダの手紙は何も書いてないだろうから、一応送っておく。 こちらの状況、必要な人員、ついでに整備すべき道を印しておいた"」
「……何故お前がそれで、私がこれだ」
「パラダ様はあなた様に送られてきたのです。 しっかりご返信なさってください」
……このジジィは。少し消沈してからペンを持ち上げて、羊皮紙の上を走らせ始める。
あの聖女殿はいまいちこの国の状況を理解されていないというか、まぁ毎日ごくごく楽しそうだ。
それを邪魔しては悪いだろうから私も今危急の状況などは伏せて……必要な事は悔しいがソーリスに聞くしかないらしい。
「……なぁソーリス、こうしてこそこそ手紙のやり取りをしていると、まるで間男のようだな?」
「えぇまったく。 その手紙の中にのろけが入ってなかったらですが」
「……」
当然のごとくイヅとの日常がそこには綴られており、ゲップが出そうというのはそんなものをたらふく喰わされたから。
やれイヅが何をしただとか、最近柔らかくなって、料理をおいしいと食べてくれるだとか、そんなものを手紙の上とは言え聞かされ
あまつさえ一通丸ごとそんな話で終わった時の憔悴感と来たら。熱病に浮かされて一日を過ごした後のような倦怠が得られた。
私をうんざりさせることに掛けて彼女の右に出る者はいない。
けれどその手紙を見ずに燃やすのも、聖女をないがしろにした王などと後ろ指さされるわけにもいかないのだからできない。
「お前も一度読んでみろ。 今日はもう何も腹に入れたくなくなるぞ」
「結構。 こう年を取ってくると昼の甘味以外の楽しみがなくなってくるもので、それを取りあげられたら私は死んでしまいます」
私は毎回こうして楽しみを取り上げられているんだが?
そう言おうとして口を紡ぐ。
ソーリスもそれに気が付いて握ったペンを机の上に置き、それが扉を開けるのを待った。
「失礼します! ご申告!」
「なんだ」
入ってきた一人の兵士は息を切らして随分と急いでいる様子…といってもそれはそうだろう、この部屋にまで入ってきて
"大した報告ではありませんでした"でもあるまい。
ここまで耳を澄まさなくても聞こえるような足音を立ててやってくるというのは、そういうことだ。
「た、ただいま北方の警備より早馬のよし!」
ここまで聞いて、この騒ぎに何らかの不安を覚えないならば、その君主は大した人間か、それとも余程の阿呆だろう。
「ソードマン砦が何者かによってか、陥落! 北部守備はハイゼルス将軍の元厳戒態勢に入ったとのこと!」
これが何を意味しているのか、ここにいる全ての人間が理解した。
先手を打たれた。




