【18】呪縛
概ね最悪のシチュエーションだと言っていいだろう。
「これからどうする!」
「とにかく走れ、話は後だ!」
アーニアルを連れて逃げるにも敵は騎馬、草原に隠れるといっても限界がある。一度包囲されてしまえば二度のチャンスはない。
「くそ……クソ!!」
今まで感情らしい感情を表に出さなかったアーニアルもかなり錯乱している。精神状態の悪化は顕著で、このまま彼に俺の後についてこさせるにはリスクがある。
「よし、アーニアル! あそこだ、あの木の根元へ行け!」
「クソッ!」
ここに来る道中確認しておいた、人が一人二人が入れるほどの穴のが掘られた大木の根。都合のいいことこの上ないが、この際それは利用させてもらう。
追手から目をくらませるためにそこに身を寄せ、じっとその時を待つ。
地面に響く蹄の音が段々と強くなり、その振動が大地を揺らすのを感じながら、ただひたすらに待つ。
「……」
手首に巻き取られていたファイバースコープを解いて、穴の中からそっと外へと差し出す。
スコープが取得した映像はブルトゥースによってホーク社のコンバットグラスへ投影され、俺の視界は外の世界を見ることができる。
グラスに映し出されたのは何一つ代わり映えしない外の世界、これ以上はバッテリーの無駄遣いだろう。
電源を落としファイバースコープをまた手首に巻き取り、俺はようやく一息ついた。
「行ったようだ」
「……」
帽子をとってやれやれと大げさに手を振る。場の空気とでもいうか、あまり深刻になりすぎないためのおどけた態度をとってみたが……どうやらだめらしい。
「何故だ」
「気にするな、いろいろあるんだろ」
今は生き延びることだけ考えて、余計なことを考えるな、と続けようとして言葉に詰まった。
「何故だ母上」
どうやらこの問題の根は相当深いところにあるらしい。
「それほど私が憎いか」
その言葉は微かに震えていた。
「……間違いないのか?」
「あぁ」
なるほど、そう考えればいろいろなことに合点がいく。
「あの女がお前のことを殺そうとしているのか」
薄すぎる聖女の護衛、やる気のない兵、一切交渉しない王宮、救助は聖女任せ神任せ。
あげくにどこの馬の骨ともわからない俺のような人間に救出を依頼すると来た、考えてみればわかったことだな。
(……まいったな)
俺にとってはまぁどちらであっても構わないところだが、任務の都合上彼には立ち直ってもらわなければ困るのだが……どう声をかけていいものかわからない。
母親に殺されようとしている相手にどう声をかけたら励ますことができる? 悪いが俺には皆目見当がつかない。
幸運なことに彼が立ち直るだけの時間はある。
「……」
立ち直ってくれることを期待するしかない。




