【11】裏切
先ほどまで日の当たりテラスの、実にゆったりとした一室の中にいた俺は
今どうにも猛獣の檻の中に入れられたような心持になっている。
「そいつは本当なのか?」
「えぇ、聖戦士の威名は方々も耳にしておられるでしょう?」
「確かに…そうだが」
昨日書いてあった羊皮紙にはこうあった。
"明日の会では、私が何を言おうと頷いて肯定してください。 そうすれば必ず彼らは力を貸してくれます"
だから俺はそれを訂正することもできず
「リレーア公はその知略と武略をもって北部への快進撃を続け、今やカラルジャン陥落も現実的なもの」
「カラルジャン!? あの銀の生産地か!」
「はい。 この地を陥落せしめれば当然その支配はリレーア公のものとなり、リレーア公は年に400kgの銀を手に入れることになります」
待て待て待て、そんな話は一切ない。はっきり言って考えすらいない、夢物語でしかない話だ。
カラルジャンはカルヴェン城の更に北西にある都市で、山岳の城塞都市、はっきりいって今のリレーアではそこまで兵を進める事すら不可能だろう。
さっきからシーシェは言っていることがおかしい、まるで俺の状況に即していない、冗談ばかりを口にしている。
「それを見越してこの小僧に恩を売っておけと?」
「まぁそれもありますが、リレーア公は今一つ困りごとを抱えております。 この快進撃ですらから、どうにも得られた捕虜や物資の数が膨大です
このまま進むにもそれが足を引っ張ってしまい、前に進むもできずにいます」
商人たちの顔色が変わるのがよくわかった。
目の前に血の滴る肉を置かれた獅子というのは恐らくこんな感じだろう。
「そいつを俺らにくれると?」
「このままでは地面に埋めなければなりませんからねぇ。 それはしたくない、というのがリレーア公のご意志です」
「……」
彼らは沈黙し、それぞれ何かを思いめぐらせている。
俺も沈黙し、極めて気を使い、当惑した表情を出さないよう無表情を務めた。
シーシェがまさかこんなことを信じてるわけがない、奴はリレーアまで来てきっちり俺たちの現状を見ている。
その上でこんなことを言い始めている……そいつが何を意味するのか、わからないわけじゃない。
あいつは
「このリレーア公の危機をお救いくださったら、公は百年この恩を忘れないでしょう。 それに公は北の地、このオーレリアとは一切の衝突はないでしょう」
「ふむ……」
この場を丸ごと担ごうとしている。
何も根拠のない空手形で、彼らに袖を振るわせようとしている。
「何が欲しい」
「渡川用の小舟をいくらか。 陸路で運びますので大きくない程度に」
これは
「いいだろう、すぐにというわけにはいかないが、トリアストロ、リレーア公にお力添えしよう」
「ジャクリムもだ」
「パーネンヘイム、同じく」
(詐欺だろ)
「ご助力ありがとうございます。 さて他にはリレーア公と結びたいという方は?」
「ふん、ハルフズク。 乗ってやる」
「ポーロー。 こちらは小舟の用意が出来ない。 何せニュータウンに全て出払っている…代わりと言ってはなんだが、香料を400kgご融通しよう」
「マンモイネン、バルシェントリツ、公に必要なものを提供しよう」
見事皆に約束を取り付けさせた。
いやただの小舟かもしれないが、それでも
「一先ず商会の前向きな態度が見られ、私も大きく満足しております。 今後の話はそれぞれ私よりのご報告を上げさせていただきますが、まず船一隻に付き売時価3%の利益を保証させていただきます
更に詳しい契約については後程リレーア公との議事にて決定し、書類としてまとめさせていただきます」
「結構。 いつまでだ?」
「三か月も下されば間違いないかと」
「よろしい」
人々を乗り気にさせた。
この一瞬でこの場を飲んで、自分の流れにしちまった。
こいつは、まさに希代の詐欺師。
彼らは自分が騙されたことすら気づいていない。
「では、残りの議題を片付けてしまいましょうか」
そういって
シーシェは俺に最後、悪戯をする子供のようなウィンクを一つしてみせるのだった。




