【33】回帰
……
………………。
「……お前らは」
一通り治療のあれそれが終わって、ようやくまともに会話ができるようになった状況に俺もふっと一息……
なんてわけではない。
まだ殴られた頬がヒリヒリするし、首元はバンテージでキッチリ止められているせいで動かしにくい。
「だ、だってさぁ」
「だってなんだ? 俺に向けて椅子投げつけた理由があるなら聞かせてくれ」
まず話を聞いてから行動をするっていうのは全ての人間にとって当たり前の事じゃないのか。
先ほどまでのここはまるで餓えた犬三匹の中に放り込まれた肉の気持ちがわかるような状況だった。
特にコニューの奴は腕力がない代わりに遠慮を知らない、投げつけられたものがえぐった肉は青くなっている。
「ね、ね? 機嫌直してよナオヒサ、謝ってる?」
「お前にはもう二度と小っ恥ずかしい台詞は言わん」
「え、嘘、嘘! ごめん、ごめんなさい! 許して!」
首は言うまでもないか、頬は銀髪小娘に思い切り殴られ、歯の一本でも飛んだかと思ったら大丈夫であった。
恥ずかしがってるわけでもないのに"尻を見られたら殴り権利はある"と説得されて一発殴ってきたわけで
こいつの一撃はそんじょそこらの家具より遥かに重た……重たかった。
「えーっと、これでいいですか?」
「あぁ、それでいい。 なぁ……槍はどっかにやらないか?」
「はい?」
「……何でもない」
そういうわけで、パラダが用意してくれたホワイトボートをひっくり返して備えつけられたペンをとり、痛み引かない体に鞭打って立ち上がって板書を始める。
「JASP……こいつが全ての元凶。 そっちの銀髪怪力女を生んだのもこいつだ。 体中わけのわからん模様だらけだったが、一部は俺の見たことあるものも多かった」
「ふぁれが銀髪怪力ふぁ」
「そこで口の中に芋詰めてるお前だよ」
こいつがJASPの技術を流用されてデザインされた人間だということは間違いない。
恐らく純正なデザインではないにせよその技術の多くが共有されている。こいつを作った人間がJASPに参加、あるいは協力していたことは間違いないだろう。
それとは別にもう一つ確信したことがある。
「お前はJASPで生まれた、そういう存在で純粋な人間とは別物なの」
「ひゃにをいってるかふぁからん」
「芋食うのやめろマジ、ハリエンスも食わせるな」
「は、はい!」
こいつはその手の知識の一切がない。
プログラムで生み出された産物がその事を全く知らないなんてあり得るのか? あり得ない。
「これは俺の世界の技術だ……太もものここ、ここ、肩に刻まれたもの、それから膝裏。 全てフランス語の注意書きが刻まれている」
「……」
何か視線が冷えた気がしたが、気にせず板書を続ける。
振り返ったら負ける気がした。
「これが何を意味するかわかるか?」
「……なんでしょう?」
「いまいち冴えないなパラダ」
「むぅ」
こいつは重大な問題で、ある可能性をにおわせるものだ。
ただ俺たちの世界のモノが降ってくるだけで、その技術を活用するたけの文明レベルに達するとは考えにくい。
じゃあどうなる。
そいつは、何を意味するのか。
「この世界に」
答えは一つだ。
シンプルじゃなく、複雑で、理由のわからない…けれどそうとしか考えられない答え。
「俺以外にも、こっちに渡ってきた奴がいる」
何故か俺の世界の技術で作られた奴がいる。
しかしそいつは何故かその技術のことを知らず、銃一般についても知識しかない。
つまりこれは、こいつがこちらの世界で作られたということを示す。
「銀髪、生まれはどこだ」
「ブラッドヴァルメェイの一族。 一族は大体緑髪だが、気がついたらこうなっていた」
「なるほど」
それがどこかは知らないが恐らく現代でないことだけは間違いないだろう。
こいつはいわば、この世界の実験台第一号というところか……いや何号かは知らないが。
この世界でJASPをやろうとしている奴がいる。
「銀髪……カリオテでいいのか? お前を作ったのは誰だ」
「母はジョシアラの娘、コルニス。 父はツーレンの息子ハイガンド」
「いや、そうじゃない。 なんて言ったらいいか…お前を銀髪にしたのは誰だ?」
「……それは」
少々言いよどんだ、ということはビンゴだろう。名前の口封じをするってことは俺と同じ現代人の可能性が高い。
こっちの世界では名前は売れれば売れるほどいいってことは散々知っている。
状況が変わってきた。俺は今まで何もかも無軌道にやってきたが、ついにここに来て俺以外のその誰かをみつっ
ミシッ。
ちょうど太い枝に果物が振ってくるとこんな感じの音がすると思う。
「……なぁ俺言ったよな? やめろって」
「あい?」
首にぶら下がっている純真無垢な存在は相変わらず悪意の欠片もなく、不思議そうにこちらを見ている。
「インビディ、こんなところにいたのか、貴様」
「カーリオテー」
「……知り合いかよ」
考えてみればこいつも元々向こう側の人間だ。というか、JASPで生まれた存在なのかこいつも。
言ってみればこいつらは姉妹みたいな存在なのか…?
「せしー、パパのこと知りたい?」
「……あぁ、相当知りたいぜ。 知ってるのか?」
「うん」
首にぶら下がっていたそれを外して……とりあえずカリオテの方へと押し出してやる。
ハハ、ざまぁみろ。イデの奴に絡まれてうっとしそうにしてやがる。
慌ててハリエンスがとりあげて事なきをえるが、あのままだったら暴力を行使していたとしてもおかしくない雰囲気だったな。
「いいから早く教えてくれ、そいつの名前を」
「あい」
一体どんな奴なんだろうな、とにかく頭の出来はかなりのもののはずだ。
この世界でJASPを、遺産があり更に我流でとはいえ再現してしまったとなれば、それは俺よりも相当技術畑に寄った人間だろう。
もしかすればそいつと協力すれば元の世界へと戻れるかもしれない。……戻るかというと少し微妙なところもあるが、とにかく会ってみたい。
俺の世界を思い出す、そのために、そいつと
「パパは」
思わず、手に持っていたペンが指から滑り落ちた。
それは、あまりにも予想していなかった名前で、もうすっかり忘れてしまっていた言葉の並び。
懐かしい友にあったようなそんな気すらした。
「ジャハブ・アルバンナー」




