【26】噴煙
どうやら怒り心頭って感じだ。もうやめようたって聞いてくれそうにはない。
見るだけで頭から湯気が出てそうな感じだが、残念ながらそいつが事実かどうかは闇の向こうに紛れて見えやしない。
「……」
もはや言葉すら交わすつもりはないのか、ただただ黙って俺の方へと向かい歩みを進めてくる。俺と奴の距離は大よそ70m。
一挙に飛んでこれる距離ではあるが……ただ奴も俺を警戒してか、そうした軽挙には出ず、じっくりと道を確かめながら近づいてくる。
ま……俺はもはや逃げようがないんだから、そういうやり方はクレバーで状況をよく見ているやり方だ。
一方で俺はといえば、足をなくして逃げるにも逃げられない。
走り出すにも雪の中で100m10秒出せる健脚じゃないんだから、正直なところこの状況はいわゆる詰んでいるっていうやつだ。
GAME OVER.そんな感じ。
50m、そろそろ奴が我慢できなくなってこっちに飛びついてくるかと思ったが、意外と我慢強い。
まだまだ歩み続けて、その足取り確かにこちらに向かい近づいてくる。
スリングにかけたXM26を捨てる、いざとなった時、逃げるとなったらいらないものだ。
「……」
45m。
俺と野郎の我慢比べの緊張感は徐々に張り詰めていく。
万が一に備えていつでも逃げ出せるようにしながら、徐々に俺も下がっていく。
といってもすぐ後ろはちょっとしたくぼみになっていて、後ろ向きのまま飛び越えるには大きすぎるし、かといって入れば出るのにも苦労する、そういう大きさ。
もしこれにはまれば間違いなく俺は死ぬ。
38。
距離が詰まって息も詰まる。
奴の歩みを観察しながら、徐々に徐々に足を運び……
「……っ」
これ以上は下がれない。踵が宙に浮いていた。
本当にこれがギリギリというわけだ。
これ以上下がるとするなら、あいつに背を向けて頑張ってジャンプしなければならない。
あぁ相手が優しい優しいジャルドのママみたいなやつならって条件がつくけどな。
「これ以上」
野郎が久しぶりに口を開く。
「意地を張っても何にもならんだろう。 おとなしく首差し出すならば礼節持って受けよう」
「はっ、冗談だろ。 俺の首を綺麗に飾ってくれるってか? なら俺の答えは」
左手を持ち上げて、ゆっくりとその手の甲を奴に向かって裏返し。
中指を一本、しっかりと立てて見せる。
「くたばれ」
同時に後ろへ倒れこむようにして、右手に握ったそいつを引き、確実に押し込まれるようにボタンを握りしめた。
あぁ、ここまで我慢してきたんだ。効力は最高のはずだ。
埋められた馬鹿みたいな量のTNTに通電されて吹き飛ぶ奴を見られないのが残念だが、それよりも自分の安全だからな。
頭上で轟音と共に吹き上がる雪を眺めながら、改めてそう思った。




