【18】憫然
よし
言ってやった。
「ふんっ」
今こいつと戦うわけにはいかないとと結論が出たが、言葉を交わしてはならないということはないはずだ。
恥知らずの男に対し威圧をし、精神的な優位を得ておく、これもまた一つの戦術だろう。
私を見る度にそれを思い出し怯むのであれば、それは剣をもち戦う時にあって必ず奴の弱点となる。
よし、ならばもっと罵倒をしてやろう。
「二人と同時に結婚をするなど、貴様には恥と言う概念がないのか!」
「ぐっ!」
効果的だ。苦しんでいるようだな。
「そ、それは物事の成り行きと言うか、仕方がなかったというか」
「良識ある人間であれば時勢に流されず己で正しき選択をできたはずだ!」
「ぐっ!!!」
ふっ、他愛もない。
英雄と呼ばれていようがこの程度か。まるで赤子の手を捻るようである。
私から目を逸らして背中の方へと視線をやった奴はまるで生きるのを諦めた鹿のようであった。
「そ、それにお前にそんなことを言われるような筋合いは……」
「まったくの見ず知らずの人間にそのような正論を説かれ、今面を背するは誰か。 私は正しく立っていて今貴様は地に伏している。 正誤は明らかであろう」
「…………」
もはや反論もなくただただ地面に視線を落とし、崩れた姿勢を流して肩を落とす。
これが戦場であるならば私は馬上にて切り伏せ、雑兵のごとく奴を踏みつぶしたといったところだろう。
手ごたえらしい手ごたえさえなく、勝負と言うほどのものでもなかったが、勝利には違いない。
「いいぞー!」
「むっ?」
背中から何やら声が聞こえてきた。そういえばこの辺りにはうじゃうじゃと何やら人間が集まっていたようである。
除雪の為に従事しているものどもであろう。
「もっと言ってやれ嬢ちゃん! その男はな、美女と二人も結婚しやがったんだ!」
「そうだ! まだ独身の連中も多いってのに、俺たちの取り分が減っちまったじゃねぇか!」
「ばぁか、お前にはもともと望みなんてねぇよ」
「ちくしょー! うらやましぃーっ!!」
「うるせぇ!!」
そんな声へ答えるように、先ほどまで地面に突っ伏していた奴が振り返り顔を上げていた。
姿勢は相変わらず地面にへたり込んではいるが、顔には先ほどまでと違い力がみなぎっている。
「好き勝手いいやがっててめぇら! こっちにはな、こっちの苦労があるんだよ! リレーア公なりの!!」
「はぁー結婚して辛いとか自虐風自慢まで始めたよ。 俺別の国に移ろうかな」
「そうだよなぁ、これから毎日聖戦士様のイチャイチャ見せられるんだろ、たまんねぇぜ」
「クソがーーーーーっ!!」
むぅ。
「お前らな、いい加減にしろよ! 俺はな、正直言って結婚なんてするつもりなんてなかったし、考えてもいなかったんだよ! それが、何でこんなことに……」
「おい聞いたかよ。 かぁー、いいねぇ色男は。 結婚したくなくても出来ちまうんだってよ」
「俺なんてよぉ……こないだ郷に帰ったら昔結婚した相手がもう子供産んでてさぁ…もう三歳だってよ…」
「そりゃつれぇなぁ。 俺は入る給料全部酒に入れてたら嫁が逃げちまったけどな、ガハハハハ!」
地面に伏せていた奴ががっくりとうなだれ、再び力なく俯く。
なるほど。
(これが奴の弱点か)
先ほど女から聞いた結婚話がこれほど役に立つとは思わなかった、いいことを教えてくれたものだ。
これで私は奴に対し精神的な優位性を得た、見えない刃にて勝利への薄氷を踏む。随分と気持ちがいいものではないか。
「……パラダ」
「ナオヒサさん」
いつの間にか私の脇を通って奴の傍へと近づいていた先ほどの女。
肩に手を置いて何か慰めているようだが…っふ、女に慰撫されるとは、腑抜けた男だ。
「なぁパラダ」
「なんですか?」
このような男に私が負けるはずがないな。
ありえない。
「俺……ダメな男かな」
「そんなことないですよ! 世界で一番ですよ!」
「そうか……」
そんな憫然を後に、白く濁った道を歩き、その場を後にする。
これほどまでの完全勝利を胸に抱き進む道と言うのは、実に爽やかな心持というべきであった。




