【14】紫雪
最近は良く冷え込む、吐く息は白く濁って、降る霜はところどころに冬の訪れを知らせていた。
だからだろうか……私は最近随分と目覚めが悪い。
「おはようございます…ジスト」
「おはようございます、神官殿」
今日も一段と冷え込み、部屋着だけではすぐにまた体が動かなくなってしまう。
だから、こうしてケープをすぐに持ってきてくれるジストの存在はとてもありがたい。
毎朝毎朝忙しいあの人に起こしてもらうわけにもいかないのだから。
「イヅ……ナオヒサさんは?」
「雪かきだそうですよ」
きっと彼は朝日よりも早く起きだしてこの街のためにまた働いているのだろう。
彼は自分の事をそういうからくりだ、なんて冗談めいて言っていたことがあるけれど、どうにもそれが本当のことのように思えてくる。
凄いなぁ。私にはとてもではないけれどあんなことできない。
人間がからくりになるなんてとてもじゃないけれど出来る事じゃない。鋼の意志と決意があって初めてなせる事。
「差し入れでも……」
「神官殿。 前それで指切った事、忘れたとは言わせませんからね」
「……」
料理が下手というわけではない。ただ起きたばかり、一時間もしないうちに刃物を使うのは非常に危ない事はこないだよくわかった。
けれどあと一時間もすればもうお昼を過ぎてしまうだろう。ナオヒサさんたちはお腹を空かせているだろうし、どうしたものだろうか。
「あいつらだって適当に食べるでしょうし、そこまで気にしなくても」
「でも…」
それじゃあ聖戦士の妻として寝ているだけ、なんて。
まだふらふらとおぼつかない足で歩きだし、体を温めながら何か出来ないか考えてみる。
「ジスト、私も雪かきを」
「ダメです。 そういいだすだろうから絶対にやめさせろと、きつくリレーア公から厳命されていますから」
「むぅ」
思考を読まれていたことに少々やり場のない感情を覚えるが、言われてみれば私も単純だった。
私が雪かきに出てもどう考えたって足を引っ張るだけで手助けどころか誰かに引っ張られて起き上がってるところしか想像できない。
でもだからといってこのまま何もしないわけには……と堂々巡りの考えを頭の上でぐるぐるとさせながら、家の出口へと向かってとぼとぼと歩いた。
「……私もジストみたいになりたい」
「なんですかそれ」
「丈夫で元気で、はつらつとしていて……朝も早く起きれます」
そういうとジストは笑いながら、私が落ちないよう階段で手を取って体重を支えてくれる。
「私はこんな家庭を持てた神官殿が羨ましいですよ」
「そうですか?」
「だってリレーア公の妻っていったら、一生安泰じゃないですか」
「ならその妻の護衛も安泰ではないですか」
そういうとジストは少しだけ難しい顔をして、最後の段を超えたところで腕を組んでしまう。
「……」
「どうしました?」
「いや」
玄関近くになってもまだ何とも言えない顔をしているジストが首をかしげて、思わず目の前の棚に当たりそうになっていたのでさりげなく引っ張ってやる。
物思いに耽るのはいいけれど、毎度歩きながらはやめてほしい。
「私もこのままでいいのかなぁ、と」
「というと?」
珍しくジストにしては真剣な悩み事のようだった。
天性明るいのが取り柄のジストがこうして悩むのを見るのは、大抵食事の事であったから、ちゃんとした悩みがその口から出てきたのは驚き。
「……神官殿何か酷い事考えてません?」
「そんなことありませんよ。 で、なんですか?」
「うーん、なんていったらいいんですか」
正門は大きく広いから、ただ出入りするならこうして勝手口を使う事が多い。
外に出てみればより一層の寒さが肌を撫で、澱んだ精神を研ぐような鋭さがあった。
「剣の腕で立身出世! を目指して村から出てきて、神官殿の護衛を引き受けて、そのままずるずるここまで来たわけですが、私の目指す場所はここでよかったのかとふと考えることが」
「あら、私の護衛は不満ですか?」
「……凄くいいお仕事なんでしょうけど、なんというか」
ジストが立派な悩みを持っていたという事に少しだけ驚きもしながら、ようやく目覚め始めた頭はこれからの事を思って動き始める。
「とりあえず」
歩きながら考えましょう。
「ナオヒサさんに会いに行きましょうか」




