【7】暗夜
結局、私の一日はこうして終わっていく。
水気を吸って重たくなった衣類を家に送ってからもまた休むことなくやるべきことをこなしていく。
こういうのを曰く所帯じみていくというらしいのだが。
「……」
確かに自分でも驚くほどこうして日常生活における知識と経験がたまっているのを感じる。
しつこい汚れは水につけておくしかないとか、歯磨きに使える草がどこで取れるとか、肉を塩漬けする時には先に臭みを抜いたほうがいいとか
どれもこれもまるで私の生業には役に立たないものだが、悲しい事にそうだとしても慣れて行ってしまう。
(いつまで……)
いつまでこんなことをしていればいいんだ、私は、私は……。
そのような事を言ってもこの背中に担いだ木材の重みが軽減されるわけでもなく、日の落ちた道をとぼとぼと歩く。
私が壁に大穴を開けてしまったせいで、その修復のために資材がいる以上仕方ないが……二つに折った丸太を引きずり歩くというのはなんとも惨めなものだ。
「あらま、ゼーさん、なにそれ」
「木材だ」
道すがら再び声を掛けられる。
昼間と違い今は出歩く人も少ないからこうして人と出会うことも少ないのはありがたい。
「新しいお金稼ぎ? こんな暗い中やめときなよぉ、物騒だよ」
「そういうわけではない」
「ならいいけどさ」
私に物騒とは仏に説教だが、まぁ普通の人間ならばこうした闇夜に覚えるのも無理はないだろう。
罪を犯すのであればこうした闇夜は最高の隠れ蓑となる。事実治安をいくら維持しようとしたところで、夜になれば多くの悪が行われるのが常だ。
……今気が付いたが夜に歩くからそうしたもめごとに巻き込まれるのか。道理でここのところよく暴力沙汰になった。
「ゼーさん強いからいいけど、あいつらゼーさんに仕返ししてやるって息巻いてるから気を付けなよ」
「では来るならさっさと来いと伝えてくれ」
枯れ木をいくら束ねたところで強度など出るわけもない、さっさとまとめて来てくれた方が一度に終わって面倒がないのだが、まぁ待つしかないだろう。
「ほんと気を付けなよー、あたしゼーさんのこと心配してるんだからねー」
「無用だ」
まったく私も舐められたものだ。人間に心配をされるとは。
まるで獅子を見舞う猫のようなものだが、まぁ悪意はないのだからこれに一々と苛立つこともない。
「それじゃ気を付けてね、ゼーさん」
「貴様も精々命を大切にするがいい」
このまままっすぐと道を行けば宿に付く。
さすがにいくらか空腹でもあるし、一日の疲れもたまった体を休めたいとも思う。
認めたくはないが、あそこが今の私にとって重要な安息地であることは否めない。
言われてみれば私はこの生活に必要な技術を何一つとして持っていなかったし、ハリエンスが居なければ料理もなくただ芋や肉をそのまま齧るだけだっただろう。
そういう点では奴に感謝もしているし、この生活の悪くないこと、それなりにわかっているつもりだ。
というか、だから今こうして馬鹿みたいな丸太を担いでいる。
奴とは、ハリエンスとは、もうしばらくこうして生活しなければならないのだろうから。
「ハリエンス」
宿の扉を開く。
既に辺りは真っ暗で、当然部屋までもその闇はしみこみ、影で埋めている。
再び呼びかけてみるが
暗闇の中、部屋は沈黙を保って、静かなまま。
まるで森の湖畔のように何もかもが押し黙る。
「ハリエンス?」
そこに人影はなく
ただ私の影だけが伸びていた。




