【15】In the dark
失敗したかと思った。
なんせ目の前にいるのが王と呼び敬意を表すには、随分と若すぎる人間のように思えたからだ。
俺の立場としてはあの山賊にいっぱい食わされたかと、そう考えなければならず、もし罠だとするならばこの青年もまた俺の敵となる存在。
「確認する」
だがそうでないと確信した。
彼は敵ではない、アーニアル二世であるかは少し考える余地があるが、それでも俺に害をなすことはないだろうと。
「あんたがアーニアル二世?」
「あぁ」
理由は……そう、勘だ。
母親ゆずりの黒髪に精悍な顔つき。切れ上がった目は強い意志を感じさせ、少なくとも生きる意志を失っているようには見えない。
そして薄汚い恰好をしながら超然とし、自らが王だと名乗れるのは中々できるものではない。
もし俺が誰かをひっかけるならばこんな薄汚い子供ではなく、もっと恰幅のいい、髭を蓄えた男に一等ましな格好をさせて檻に入れておく。
「よしここから脱出する、動けるか?」
だからこの青年は恐らく王。
「あぁ」
または完全に気が狂ってしまっているのだろう。彼の堂々とした物怖じしない態度が常人のそれではないことだけはわかる。
さほど怪我や病気などもしていないのか、驚くほど軽快に立ち上がると顎を上げ、俺の顔を見た。
影の中から現れたのは端正な顔つきに力強く伸びる眉、確かにそこらの平民というには品位のある顔立ちだと思う。
しかしどの道彼を連れて帰られなければその本当のところはわからない。
「これを持て、俺が先導する。 松明は置いていけ」
赤と黒と黄色で編まれた多目的ロープの先端を彼に差し出す、これは俺の腰辺りにつながっていて、この夜道で迷わないように導いてくれるはずだ。
本当なら彼に簡単なハンドサインも教えるべきなのだろうが、この暗さだ、まともに見えないだろう。
指示を出すとなれば声を出す事はやむを得ない以上あまり距離が離れても困る。
(本当に王かもな)
彼はたっぷり俺を疑った後、しぶしぶといった様子でそれを掴んだ。恐らく険しい顔も俺のことを心の底から信用していないからだろう。
こうして俺を疑う理由があるのは、山賊の仲間でも気狂いでもない、本当の王ただ一人だけだ。
王からしてみれば俺は突然現れたわけのわからない男で、助けるといいながら一人でのこのことやってきた。怪しまないわけがない。
それでも縄を掴んだのはここにいるよりは俺のことを選んだということだろう。
「よし……離れるなよ、もうすぐ夜が明ける、それまでに森から脱出したい」
「よかろう、貴様に任せる」
「わかった」
だが一つ問題があった。彼の恰好だ。
粗末な格好なのは問題ないが裸足なのはまずい。
もし彼が普段ずっと裸足で活動していて、足の皮が分厚く発達しているような民族の出というなら話は別だが、見る限りそういったことはないようだし。
「これを」
「……まさか」
近くの男が履いている、といっても既にこと切れているので履いていたというのが正しいか。毛皮で作られた靴を脱がし彼に差し出す。
「これを余に使えというのか」
「嫌か? なら裸足のまま森を出るまで四キロ半歩いてもいいんだぞ」
まぁ確かに状態はいいといえない。そもそも死人の履いていたものだし、何かぐっしょりとした重みをグローブの先から感じるのも確か。
だが素足で踏破するにはあまりに悪路が長すぎる。足の裏を傷つけて感染症にでもかかられたらお手上げだ。
最低限の抗生剤はあるがそれがこの世界の病気に効くかどうかはわからない。
俺は彼が愚か者でないことで助かったといえる。
眉を顰めてこれ以上ないほどの険しい表情を浮かべたあと、胸の奥底から空気をすべて吐き出してから、彼はその靴を履いた。




