【33】灰掻
さて、そろそろ頃合いだが。
「様子はどうだ?」
部屋の前で腰降ろしていた二人の男に声を掛ける。
「随分憔悴してますよ」
「まぁな」
小窓から彼の様子を伺う、侯爵殿からは見えない位置だ。
相変わらずプレイヤーは轟音をかき鳴らしていて、すっかり全身から脱力した体は椅子の上へのしかかっている。
別に疑うようなことじゃないが、これの効果は絶大だ。
CIAの連中がアブグレイブやグアンタナモでやっていた“尋問”。
極限まで上げられた音楽が眠ることも意識を失うことも許さず、常に頭に響き続ける曲が思考能力を奪っていく。
その苦しみは痛みを伴わないが精神を確実に蝕んでいき、憔悴した精神は正常な思考を阻むようになる。
一週間も続ければ廃人になるというのが、この尋問の威力をよくよく表しているだろう。
まぁだから、本当に三日も放置してたわけじゃない。
あれから十二時間、たった半日、それだけで彼はこれの効力を十分思い知った。
最初の三時間で彼は自分がこの状況に何も出来ないことを悟り
六時間で捨てきれない希望に身を焦がし、力の限り叫び
脱力しきった次の三時間でまともな思考能力は全て奪われ
今彼が思うのは痛みだ。
「……」
ただこの世界の全てが痛みに変わり、感じる全てがまるで皮膚を突き破る様に思える。
きっと俺が扉を開いて後ろから近付いていることすらわかっていないだろう。
ヘッドセットを押し付けて無音の世界、プレイヤーの上に手を置いて、そっと押し込まれ凹んだ場所の隣を押し込む。
「……」
ヘッドセットを外しても部屋は静寂に包まれて、プレイヤーのきゅるきゅるという特徴的な回転音だけが響いていた。
プレイヤーが随分と長い間占拠していたそこから退け、俺は久しぶりにその上に尻を落ちつかせて彼の前に座る。
「今何時間経ったかわかるか?」
体力がないのだろう、かろうじて視線だけこちらに向けた彼は、微かに唇だけを上下させていた。
それは何かを喋ろうというんじゃない、ただ息をしているが故の痙攣。
「半日だ。 少し暇になってな、寄らせてもらった」
「……」
少し遅れて彼の瞳に絶望が宿ったのを見る。
彼はとっくに時間感覚を失って、俺が来たのを見て三日経ったのかと思ったのだろう。
少し考えればそんなことあるわけがないとわかるのだろうが、今の彼はそんな思考能力すら失われている。
彼の頭は、あと六十時間これに耐えなければならない、その恐怖で一杯だ。
こわばった表情から伺えるのは心の底から溢れる恐怖。
「どうだ調子は」
「……」
「口も聞けないか?」
彼も肉体的な痛みならばどれだけでも耐えて見せるつもりだったんだろう。
だが精神的なモノはまた耐える方法が違う。訓練されていなければ大抵の人間は耐えることが出来ない。
そして痛みの耐性は自然につくものだが、こうした尋問に対する耐性は自然的に得られることはまずないのだから、彼が今こうして憔悴するのは自然的な事だ。
「なぁアイランド」
そして、人間は痛みの中にある限り、差し伸ばされる手を取りたくなるもの。
「もうやめないか?」
絶望の淵に差し込まれる光は、それはそれは輝いて見える。
「こんなこともうしたくない。 俺たちは友達になれるはずだ、そうだろ? アイランド協力してくれ」
「……」
CIAの連中はこうやって何人も人間を落としてきた。
信頼と実績の方法、人道的な尋問方法。
「俺たちがいがみ合う理由なんて、ないはずだろ」
そう言って、体を右に捌く。
まぁわかっていた。俺は一つマニュアルに書かれたことを実行していない。
外見設定だ、ヒゲや髪型、服装などが適切に整えられていない、完璧じゃなかった。
だから、俺に向かってもう一度唾が飛んでくることも考慮済みで
「……」
溜息を一つ吐いてから、俺はもう一度椅子の上の主を入れ替えるのだった。




