【12】潜入
何でまともに生きないのかって?
まともに生きて何がある。領主にムチで打たれ、略奪され、泣いて濡らすベッドの上で僧侶どもは贅沢をしている。
そんな暮らし方をしなければならないなんて俺はごめんだ。いや俺たちはごめんだ。
だからこうして先の中央大会戦が終わっても俺たちは国へ帰らず、こいつらのような連中とともにいる。
「それで奴ら、納屋の中に隠れていやがった」
俺たちはこの国の人間だ、だから本来ならこんな蛮族連中と手を組むなどありえない。
それどころか俺たちはもともと兵士だから、こいつらと戦わなければならない立場にあるはずだ。
なのに今はどうだ、俺たち敗残兵と蛮族が仲良く焚火を囲って夜の森の中で宴を開いている。
「一人一人刺し殺してやったのよ、この剣でな」
「お前のモノじゃ剣に頼るしかないわけだ」
「ぶっ殺すぞバラグ!」
焚火の周りで軽口叩いているのは俺の同郷、つまりアルカトール出身なのだが、今そいつをからかったのは北のハインゼ近辺で暮らしている山の民だ。
二人ともまるでうまい料理でも食べたよう、楽し気に先の略奪を語っている。
シャインガルの北西にある小さな村だが、昨日はたんまりと楽しめた。
俺が押し入ったのは四人暮らしの家族の家で、父親が妻と二人の娘を守ろうとやめときゃいいのに斧で果敢に挑んできやがる。
だからこの剣で首を跳ねてやった。その後あいつの残していったものでめいっぱい楽しませてもらったから死体はそのままにしてやった。
あぁ、最高の生活だ。
「それにしてもシャインガルの連中は臆病者ばかりだな、俺たちがここにきてからというものめったに外にでてこないぞ」
「あいつらは元から俺らに戦争ばっかり押し付けてあの街から出てこない連中だからな、ふざけやがって」
こうして仲間たちとともに飲む、食う、犯す、殺す、この世のすべての快楽をむさぼっている。
もいこれが堕落だというのなら、あぁそいつは最高だ、堕落こそが人間の生そのものだろう。
「あいつら、また森の動物どもと楽しんでるのか」
焚火を囲っていた一人が先ほどから現れない歩哨にいら立ちを表す、ここじゃよくあることだ。
ルールはあってもそれを守る節度などない。俺たちは自由なのだから。
「ちょっと見てくる、俺の分も残しておけよ」
とはいってもそのまま好きにさせれば俺たちも後で統領にこってり叱られてしまう。仕方がない、俺が探してきてやるとするか。
弟のアガミテがこないだ殺されてしまってからは特に荒れている、こちらに被害が出る前にとっとと起こしてきてしまおう。
「おい、どこだ?」
暗い森の中を進む。いつもならこの辺りにいるはずだが、どうにも人影が見えない。
焚火の光もいつしか薄くなって、もうすっかり辺りの輪郭が闇に紛れ始めてしまっている。
気を付けないと木の根に足をとられそうだ。
「いい加減にしろ、かくれんぼは終わりだ」
今日は随分としつこいな、いつもならこのあたりで一人二人起きてくるのだが。
(ん?)
鼻を刺したのは血の匂い。だがここでは別に珍しい香りでもない。
近くで獣を解体しているのだから当たり前だろう、俺たちはそれでなくとも嗅ぎなれている。
だがそれが森の中でするとは少し妙だ。狩りでもして何か殺したのだろうか、微かなその匂いに鼻が震える。
どちらにせよこの血の臭いをたどれば奴らにたどり着くはずだ。
足元に気を付けながら暗くじめじめとした森の中を歩き、だんだんと強くなる鉄錆のような刺激を鼻で追った。
どうやらこの木の裏にいるらしい、一段と臭いが強くなっている。
「まったく……お前ら一体何をして……」
想像通り臭いの元はそこにあった。
「っ」
想像と違ったのは、そこにあったのが獣の死骸ではなかったことだ。
「抵抗するな、お前もそこで転がってるお仲間にはなりたくないだろ?」
木の根に転がっていたのはぐったりとうなだれる仲間の死体。
それに何かを思う暇もなく、俺の体は木の肌に押し付けられ腕を背中に捻りあげられてしまった。




