【13】逃避
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「で」
目の前で蠱惑的に胸元を開いた女性が口を開いた。
「ここに逃げてきたってわけ」
「いい手だったろ?」
皮肉めきながら手に持ったグラスを傾け、中に注がれた液体を一気に流し込む。
「あんたを見捨てるって手もあるけど」
「頼む、オーナー、助けてくれ」
「……なっさけないわね」
俺の後方15mでは依然として今後の世界を占う首脳同士の会議が行われていて、
その空気に耐えられなかった男は店の店主の方へと殆ど逃げるようにやってきた。
「お前が悪い」
「い、いやしかし、俺は何もしてないぞ!」
俺が、俺が一体何をしたって言うんだ。
「告白された時点で返事しなかったのが悪い。 断るなり受けるなり、あるでしょ」
「それは、そうだが……だが俺にだって考える時間が」
「で、結論は出たの?」
「ぐっ……」
確かにコニューへ未だに態度を示してないのは俺の落ち度と言われれば仕方ない。
だがそうすぐに答えを出せといわれても、ど、どうすればいいんだ?
コニューの気持ちに答える? つまりそれは俺が彼女に好きだと伝える?
だが俺はその気持ちが確かにあるのかがわからない。人を好きだってことはわかるが、それはチームとして培った、信愛というようなものに近い。
だから正直こんな状態で答えを出すというのが怖い。
銃で人を傷つけるならその責任はいくらだって負うつもりだ、そいつは必要な事だから。
だがこいつはどうだ。
こんな風に人から好意を寄せられることなどなかった。
そんな俺でも、これが下手を打てない事態だってことくらい理解している。
だからこそわからないなんだ。
「オーナー、こういう場合どうすればいいんだ」
「色男のお悩み相談? かぁーやってらんないわね。 自覚あるアホだったらたたき出してるところよ」
「……銃を握ってる時の方が気楽だ」
訓練時代に触れる女は俺のいう事を何でも聞く忠実なかわいいヤツで、
そいつと一緒に寝起きして訓練生はライフルというものに慣れていく。
こいつが俺にある唯一の女性経験だ。
筋肉ムキムキ、並みの男より三回り肩幅のデカいカナダ人の女性キャシーを入れていいならもう少し増えるが、
あれを女性経験に入れると俺の遍歴が訓練用のライフルの次にゴリラが来て終わることになるから勘弁してくれ。
とにかく、俺はこうしたことに対する経験がほぼ存在しないといっていい。
そういう場合はどうするか。決まってる、経験豊富な先人から学ぶ。
「オーナー、頼む俺をここで働かせてくれ」
「……はっ?」
「何でもやる。 雑用でも、警備だって、何なら宣伝したっていい」
決して、あの空間から逃げるためというわけではない。決して。誓って。本当に。
「ここなら自然と女性との接触も増える、そうすれば俺も答えが出せるはずだ」
「あんたね、あたしを絞首台に送りたいわけ?
聖戦士をこんなところで働かせて、教会の信徒たちがここを燃やすのが早いかあたしの首が上げられるのが早いかどっちかよ」
「そういわずにさ、俺を助けると思って」
「冗談じゃない」
クソ、意志の固い女だ。
ここで働ければ何かと用事をかこつけて逃げ込める算段だったというのに。
「あ、イヅじゃん!」
「おぅミスカ」
ここに初めて来た時俺を迎えたいつかの従業員だ、ここにくる間にそれなりに見知った仲になった。
「またそれ? 飽きないねーいつもいつも」
「コスト対パフォーマンスを考えるならこいつが一番栄養をバランスよくとれ、尚且つ満腹信号を発する」
「まーたわけわかんないこといって」
箒を片手にこちらに近づいてくるその姿。いつもの事といえばそうだが、彼女に何度か餌付けしているうちに俺の顔を見る度に飯をせがむようになってきた。
いつものことと思ったから、俺も小皿をとって一部分けてやろうと……したのだが、俺の手前までくると彼女はぴたりと固まる。
「ご、ごゆっくり~」
それだけ言うとまた店の奥へとそそくさと戻っていってしまう。
彼女の怯えた表情が示すもの。その視線の先が示すもの。
俺はゆっくり……ゆっくりと、それが導くその場所へと視線を送り
消えた彼女の方へと向けられる四つの鋭い眼光を見た。




