【S5】小さな期待
「はぁ……」
自己嫌悪。
俺はこんなにもこらえ性のない人間だったか。
(精神的にかなり不安定な状態になっているな)
無理もないとは思う。このわけのわからない状況で一向に覚める気配のない夢。
いや既に現実だと認めてはいるが、あまりにも何もかもが非常識だ。この街の人間全員で俺を担いでいるといってくれた方がまだわかる。
表層上は努めて平静にしていたが、それでも内面にたまるストレスというのは消えるものではない。
どうにもさっきからイライラしてしまって考えがまとまらずにいた。
何がストレスになっている? こういう時は自分を分析するのが一番解決に近づく。
戻ってきた城下街で、ちょうど都合よく置いてあった椅子の上に腰かけ、一息ついてみる。
(……そうか)
チームが気がかりなのだ。俺があの場で消えてしまった、残してきてしまった皆が、どうにも心の奥底に引っかかっていたらしい。
家族よりも長い時間を……いやそれは正しくない、俺の両親の方が過ごした時間なら長いはずだから。
けれどそれでも、俺は自分の両親よりも彼らとの時間が大切で、そして大切な存在だと思っている。
溜息を吐いて、そんな彼らの事を思い出してみた。こっちの世界に来てから感傷的になるのを嫌って意識的に避けていた彼らの顔。
(ネイサンなら大丈夫だろう、きっと)
そんな確信はない。あの時俺が撃てなかった事によって彼らに何かがあったとておかしくはないのだから。
もしかすれば誰かが傷ついたかもしれない、任務に重大なトラブルが発生したかもしれない。
けれどそれを確かめることなどできなくて、それが余計にもどかしい。
(俺のミスだ)
子供を盾に取られたなど言い訳にもならない、あの時ジャハブが手に持ったものが4ポンドの新型爆薬だったなら、俺もチームも……
(撃つべきだった)
そしてあの子も今頃全員仲良くあの世に来ていた。
ならばあの時、彼に当たるリスクを背負ってでもジャハブを止めるべきだったんだ。
最も、もしかすると俺が今いる場所はあの世なのかもしれないが。
「……」
気が付けば日はかなり過ぎて、いつの間にやら街は夕暮れ気味。
そして俺の前には一人の人影があった。
俺が視線を合わせると彼女は少しだけ頭を下げ、その貧相な身なりを慌てて整える。
一体彼女が何者であるか検討がつかない、少なくともここに来るまでに出会った人々の名前と顔は一致しているが、記憶を探しても黒髪の彼女の姿はどこにもない。
隠した手の内で胸の拳銃を握りこみながら、そっと彼女の口が開くのを待った。
「あ、ありがとうございます」
「……あぁ」
その言葉で合点がいった、彼女の顔ではなく彼女のその粗末な服の方をかろうじて覚えている。
あとはその背丈か、確かに俺は彼女を知っていた。
「連中に連れられてきた」
「はい、お母さんと一緒に、助けてもらいました」
城門の前で泣いていたあの子供だ、言われてみればこんな感じだったとは思うが、あの時じっくり観察していられるわけがない。
それと、馬鹿馬鹿しいが一応聞いておこう。
「何故俺だと?」
俺は彼女を知っていても彼女は俺を知らないはずで、それが何故俺を見つけられたのか。
「鎧を着たお姉さんがあなただって」
まぁわかっていた答えだから今更驚くまい。既に街中を歩くだけで俺はちょっとした有名人だ。
できる限り痕跡を残さず行動するのが俺たちのような人間のはずなのに、もはやこんな子供にまで知れ渡っているとは。
少々自虐的な笑みも浮かんでしまう。
「この街に住んでいたのか?」
「はい、北の方からここにきて、お仕事もらいました。 お世話係です」
「なるほど」
王の一行が旅する時に様々な雑用をやる連中のことをそう呼ぶらしい。
「王が帰ってこないと困るな?」
「困ります。 いっぱい困ります」
さっきまでしまりのない顔をしていた彼女が急にりりしい目つきになると、口を尖らせそう俺の言葉に重ねる。
どうやら随分と真剣らしい。
「あの、だから」
俺の目をまっすぐと見つめて、
「王様、助けてあげてください」
彼女は深々と頭を下げ、どこかへと小走りに行ってしまった。
きっと彼女の行く先にはあの優しそうな母親が待っているのだろう。
(助けて、と来たか)
もともとそんなことを言われなくても向かうつもりではあったが、妙にくすぐったい期待をかけられて、夕日を背に俺はようやくのたのたと立ち上がった。




