【S1】三週間前
※Sナンバーの話は補足の話です
読まずとも本編は読み込めます。
三週間前―――
2041/10/21
ロイヤルネイビー所属 デアリング級駆逐艦 ダンカン内部
ブリーフィングルーム
「よく集まってくれた紳士諸君」
話を切り出したのはこのイギリスの駆逐艦に似合わない、フランス式の軍服に身を包んだ男。
「急な話で悪いとは思っているが、事態は深刻だ」
集められたのは俺も含めて十一人のチーム。かき集められるだけかき集めたといったところだろうか、休暇に国へ戻る途中だった人間の顔もちらほらと見える。
「南スーダンでIUFが蜂起し多数の外国人が彼らの手に落ちた、これは非常に由々しき事態である」
国籍も話す言葉もバラバラ、ましてや軍人ですらない人間だっているこの部屋で、モニターに映し出されているのは米軍や英軍から提供されているリアルタイムの情報だ。
こんな重要な情報をこんなごろつき相手に流してしまっているとあれば、本来ならば誰かが責任をとって、二度とこのような漏洩が起きないようにしなければならない。
「事態を引き起こしたのはIUFのリドラ師で間違いない、我が情報部が師による攻撃実行の命令文を手に入れた」
だがそうはならない。
「少佐、いやジェネラルマネージャー。 スーダンで事態が起きているのは構いません……しかし問題は」
それは、俺たちが選ばれしものだからだ。
「わかっている、どうやって侵入するかだな」
「えぇ」
ここにいる人間の肩には全て無印の旗が括り付けられている。
本来無国籍を示すこの旗。どこの人間でもないと表すものであるが、俺たちの肩に靡くこの旗は別だ。
「諸君らFLAGSを支援するためにプントランドのハイベ氏が協力してくれる」
“FLAGS”、それが俺たちの名前だった。
「嘘だろ!」
フランスの軍服を着た……シュテファン・マテュイディ ジェネラルマネージャーの言葉に、俺の後ろから声が飛ぶ。
彼もまたFLAGSの一員だ。
「プントランド!? 海賊だらけのあそこを突っ切れっていうのか」
「そうだ、それが一番速い」
声を上げたのはアメリカ人の一人。俺のチームとは別の部署の人間だったが、彼の言いたいことはわかる。
プントランドは元々海賊稼業により生計を立てていた人間がゴロゴロ集まっていた場所だ、そんな場所を通る羽目になるとは如何にも不安が付きまとう。
更に悪いことに今プントランドはガルムドゥグとの全面戦争に陥っており、はっきりいって安全な旅とは言えなくなる。
「問題ないのですか?」
先ほどから質問している、俺の所属するチーム4のリーダー、ネイサン・ホロウェイが確認を重ねる。
「すまんが確約はできない、ただハイベはIUFと手を組んでエチオピアで商売をしているホロゾンを嫌っている、利は向こうにもある」
「利害の一致か」
急な事であったから作戦立案も随分と浮足だっているのだろう、いつもならばもっと充実した情報が今回はたった四ページで収まってしまうほどだ。
「期待は出来んがそれでもないよりはマシだ、ハイベの支援によってプントランドを走破、ヘリでエチオピアを通過する」
各員言いたいことはあるだろう。こんな不確かな状況で俺たちを送りだすのか、自殺行為ではないのか、作戦を遅らせるべきだ、とか。
「諸君らの一層の努力に期待したい」
まぁ、誰も言いやしないんだが。
ブリーフィングルームから出ていく面々の顔はそれぞれ、無感情や諦観といったようなものを映していた。
「はっ、最高だぜ」
最初にそう漏らしたのは、さっきもブリーフィングで口をはさんでいたアメリカ人だ。
コンバットシャツに着替えながら荒々しくロッカーを叩きつける。
「一か八かの作戦、命を賭けるのは俺ら」
「愚痴るな、代わりに高い給料もらってるんだろ」
「その給料もらって国に戻るところだったんだよ俺は!」
あぁそれは不幸だ、どうしようもないくらいに。この国際事象解決特殊任務班『FLAGS』には色んな理由で人が集まっている。
一人は国からの命令、一人は金のため、一人は使命感、一人は戦場を求めて……みんなそれぞれだ。
FLAGSはこうした特殊な任務当たらせるために、そんな連中を集めた組織で、俺もまたそのうちの一人。
「ナオ」
「はい」
肩が叩かれ名前を呼ばれれば、それは誰かが俺の事を呼んだに違いない。
伊津直久、言いにくいからもっぱらみんなナオと俺の事を呼ぶ。
「ネイサン、今回の作戦、どう思います」
「んっ」
俺の隣でネイサンもまたコンバットシャツに着替えていく。ネイサン曰く我が子の肌より重ねた数の多いその服は、あっという間にネイサンに覆いかぶさり、まるでそこにあるのが自然のごとくあった。
俺も急いでTシャツを脱ぎすて、アフリカの砂漠でも大丈夫なように装備を変えていく。
汗で張り付いて動きづらくなるシャツなど役に立たない。
「随分と運任せだな」
「イランを思い出しますね」
「あぁ、そうだな」
ネイサンは俺より年上で、当然軍の経験も比べ物にならない。
だから本来ならばもっと敬意をもって接するべきなのだろうが、残念なことに俺は敬語がうまく使えない。
それを学ぶ前に外国語の習得を急いだから、多々失礼なふるまいをしてしまうことがある。
ネイサンはそんな俺に目くじら立てるでもなく、叱るでもなく、ただ受け入れてくれた。
ネイサンはイギリス人で俺は日本人。だから共通の話題というのは中々ないし、俺もこうして戦場に送り出されているせいで日本の文化に詳しいとも言えず、最初は会話に乏しかったのだが。
けれどネイサンはいい奴で、優しく、そのお陰で会話がなくともまるで家族のように感じることもできるようになった。
「……やはり私は複雑だよ」
「やめましょうネイサン、その話はしないって」
「だがなナオ」
優しいから、こうしてたまにうっとおしいこともある。
「君のような若人がここにいるのは、私にとって随分悩ましいことなんだ」
「……」
「ハイスクールに通う子供たちにライフルを持たせたいとは、私にはどうしても思えないんだ」
こうした時たま見せる説教臭さも彼らしいといえば彼らしい。
「そういう社会にするために、頑張りましょうよネイサン」
「……あぁ」
それから、俺たちはプントランドを通過して、スーダンへと入り……オーストラリア大使の妻子がスーダンの都市ルンベクへ捕らえられており、そこにはIUFの幹部ジャハブ・アルバンナーもいた。
だから俺たちチーム4はルンベクを強襲したのだ。
「伏せろ、伏せろ! ジャハブ、抵抗するな! 投降しろ!」
ルンベクのビルの一室で俺たちはジャハブを追い詰めた、民間人の多くが住むその場所で、ついにジャハブが立てこもる部屋の中へ俺たちは踏み込んだ。
ジャハブは一番奥の部屋に居た、机の後ろに隠れるようにして姿を隠していて、俺はジャハブに向けて引き金を引こうと指に力を入れた。
その時ジャハブが手に何を持っていたのかはよく覚えていない……確か人形のような、そんなものだった気がする。
俺が引き金を引こうとした瞬間、ジャハブの手が光輝いて、まるでそこに太陽が生まれたかとまごうばかりの光の中に俺は……。
「剣、剣だよな」
この非常識な世界へ、落ち込んでしまった。