【2】誘惑
一連の対バイバレスの進行に対する作戦は終了した。つい先日のことだ。
それに続いて起きることというのはいつも決まって一つだけ、俺たちはそれをいつも焦がれて待っているのだから。
「よし」
最後の引き継ぎ資料の作成を終え、俺はそれに封をして、机の上に投げる
これで本当に俺がするべきことというのは完了した。
やるべきこと自体はまだ多くある、だが俺がいなければ進まないモノというのはこれで消えたことになる。
「休暇だ」
背を預けた椅子に思い切り体を伸ばしてみせれば、体がバキバキと鳴って疲れを知らせた。
訓練や指揮はまだまだ毎日やることになるが、ことこうして体にのしかかる書類仕事の類とはこれではおさらばだ。
出来ればもう二度とこの部屋には戻って来たくないものだが……ま、未来のことを言っても仕方ない。
さて。
差し当たってこれからどうしたものか。
兵士の休息というのはどうしたところで常に緊張状態の裏にある。
俺たちが休めるのは敵のお陰なのだから。
そうなるとやる事、やれる事というのも自然と狭くなってくるし、だから大抵カードやら賭博やらに興じる人間が多いのだが、そういう気分でもない。
スッティでも連れてロードワークにでもいくか。
あいつは走るのが嫌いだからな、克服してもらおう。
ぼんやりとそんなことを考えていた頭が急に抱かれて、俺の視界は半分ほど影に埋もれた。
「ナオヒサ」
「なんだ、コニュー」
俺の顎に両手を回して自分の方へ引っ張る彼女の存在。それには気がついていた、というかここで仕事をしている時は大抵近くにいる。
「お仕事おわったんだ?」
「よくわかるな」
コニューの顎先が俺の額に当てられ、喋るたびにその振動が伝わってきた。
「ナオヒサ何か終わると必ず体伸ばすでしょ、思いっきり」
「言われてみればそうだな」
……何か妙な感じがする。何か、高さの合わない椅子に座っているような、そんな妙な気持ち。
原因が何かはわからないが、コニューに呼ばれてからそれが出てきた気はするから、きっと彼女の何らかなんだろう。
まぁいいか。別に大したことでもないだろうし。
「じゃ暇でしょ?」
「そうだな?これから走ろうかと思ってた、お前もどうだ?」
コニューの全身が強張ったのがよくわかった。
どんだけ体を動かすのが嫌いなんだ。顎を引いて、肘も伸ばして俺の上に乗っていた上半身を持ち上げ俺の顔を覗き込む。
「あのね!こういう時は普通デートのお誘いでしょ!?」
「じゃあランニングデートか」
「絶っっっっっっ体しないからね!!」
絶対走らせてやるからな。絶対。
「仮にも告白してきた相手に走るか?はないでしょ!」
「俺は体力のある女が好きだ」
「ぐっ…」
まぁ実際そんなことを気にしないが。これでコニューが走るなら儲けもの。
「ふ、ふっ。 体力の代わりに僕の魅力でカバーしてやるさ」
「…どんだけ走るのが嫌なんだ」
「嫌なんだよ!! 汗かくし、疲れるし、楽しくないし!」
これまでに見たことがないほど必死な形相のコニューにすごまれる。どんだけ走るのが嫌なんだ。
「とにかく! 一緒に出掛けるから! ほら、立って!」
「それがデートの誘いかたか。 色気も何もないな」
「ナオヒサのせいだろ!!!」
そういってむんずと掴まれた襟に俺の体は引っ張られて、仕方ないのでそちらに向かって動いてやる。
背中向きのままコニューに引かれてどこへやら。
「ほら! ほら、行こう!」
「わかった。 わかったから引っ張るな」
なんともまぁさえない話だが、俺は彼女に引っ張られて部屋の外に向かって歩き出す。
「じゃあ手握ってよ手!」
「はいはい」
あぁ。
思い出す。
"ワンワン!"
午前七時、まだ辺りが涼しい時間。
寝てる俺に向かって鼻先を突っ込んできては、散歩を強請るその姿。
(テイバー……お前に会いたいな)
ふさふさのあの姿が懐かしくなって、その臭いを思い出していた。




