【36】帰宅
正直なところ、今俺は非常に心もとない。
「わかったか? あまり手こずらせないでくれよ」
奴との戦いで大分に全てを消耗してしまったから、あまりもう引き金をばかばかと引け無くなっている。
「わかった、わかったよ! だから助けてくれ!」
「素直で助かる」
目の前の男たちが剣を捨てて俺の前に跪き、首を必死に縦に振る。
彼らは既に一人俺に仕留められ、その絶対の差を見せられているから、無駄に抵抗しようという気はもう失われていた。
「いいか? 必ずこう言って回れ」
彼の眼前に銃口を突きつけながら、馬鹿でもわかるように俺はゆっくりと言葉を切りながら告げる。
その言葉には、きっと刃より銃弾よりも強力な力があるのだから。
「"ジェイメリは死んだ"」
彼らはびくりと肩を震わせる。
その言葉が何を意味するのか、わからないわけがない。
「いいか、"ジェイメリは死んだ"」
「そ、そいつは」
信じられない、そういう顔を浮かべて彼らは俺を見ていた。
それはそうだろう、あのクソ野郎が死んだなんて、俺だってこの目で見なければ信じられない。
あの爆発の跡爆心地と付近を探索してみたが、奴は見事欠片も残さずこの世から消えていた。もしこれで生き残ってるならもはや笑い話か何かだ。
あいつは死んだ。
「姿を見たか? 奴からの命令が来たか?」
「いや……」
「俺は奴が死んだのを見た。 これ以上無意味な戦いを続ける意味もないだろう」
それを俺だけの秘密にしておくのは、もったいないだろう?
「じゃあお仲間に教えてやれ、お前らのトップは死んだ。 跡形もなくこの世から消えた。 行け」
跪いていた彼らにこの場から立ち去るよう顎で示す。そそくさと消えていく彼らの姿を見送って、俺もまたその場を去った。
これでおおよそ六十人か。彼らを含めてジェイメリの死を知った人間は六十人、彼らがそれぞれ奴の死を宣伝して回る。
(これで奴らが撤退してくれりゃいいが)
指揮官の死によって目的を失った兵たちはたちまちこの戦場という現実に引き戻されることになり、自分の目の前にあるのが栄誉ではなく死であることを実感するはずだ。
そうなれば彼らの士気は堰を切ったように崩壊していくことになる。これは現代の人間だって同じことだ。
流れは変わる。
ジェイメリの死という情報は確実に奴らを蝕み、その神経を腐らせていく。
その"毒"は確実に全身を回り、誘発された緩慢な痺れは全身を麻痺させて、やがて巨人は倒れるだろう。
「よし、こんなものか」
最後のパッケージを食糧庫らしい倉庫の裏において、取り付けられた受信機がしっかりと機能していることを確認して離れる。
がやがやと陣内が騒がしくなり、俺は彼らと逆方向の影へと身を落とす。恐らく毒が回り始めたのだろう、その情報を確かめるために彼らはあの男の姿を探しているに違いない。
彼らと入れ替わるように俺はその場から出ていくと、懐から取り出したダイヤル式のスイッチにかけられたロックを外した。
1、2、3。
ダイヤルを時計周りに三回回す。
一瞬間をおいて何かが吹き飛んだ音が俺の背に聞こえた。
陣をぐるりと取り囲んだ爆薬たちは次々と反応し、時計回りに発破は行われたようだ。
道中手に入れた奴らの火薬ツボにちょっとした信管を突っ込んだ出来合いの爆薬だったが、案外うまく行くものだ。
最高指揮官と指揮本部を失った軍っていうのは、一体どうなるんだろうな?
ま……急がなくたってすぐにそいつは見ることができるさ。
帰ろう。俺の家へ。
俺の世界へ。




