【33】転機
こいつは。
(メタンか)
碌に整備されてないここ。乱雑に老廃物が放り込まれ発生したそれは屋内にたまって、臭気に交じるガスの臭いを漂わせている。
とにかく酷い臭いだ、一刻も早くここから出ていきたい。
だが外は俺を探している連中がそこら中に居て、迂闊に飛び出せば自ら網にかかる魚のようなものだ。
仕方ない。鼻まで上げたストールで呼吸を塞ぎ、バリスティックグラスをかけて目を保護する。それでも肌の隙間に入り込んでくる臭いが体について落ちないんじゃないかという幻を覚えた。
(くそ……いや糞だが)
幸い足元にまで染みているわけではなく、奥の方に積まれた山のようなソレは隔離されている。
とはいえ部屋の半分はアレなわけで……正直って色々な面で過ごしやすいとは言い難い。
だからと言ってここでじっとしていられるわけもなく、極めて慎重に部屋の中に何か出口がないかとライトで照らしてみる。
……想像以上にクソッタレだな。
いや、綺麗好きのお嬢様みたいなことを言ってる場合じゃない。生き残るためだったら必要な事をするさ。
ま、さすがにアレに突っ込むのはごめんだが……。
とはいえ辺りを見回しても出入り口はどうにも俺が入ってきたその一つしかないようで、他にあるのはひたすらの壁だけ。
全く困ったことに希望が見えない。光はぬかるみに取られてまるで絶望の淵のように開けている。
間違いなく俺は窮地にあって、この沼を出ていくにはどうすればいいのか……汚れた壁は何も教えちゃくれない。
(んっ……)
ふと足元を照らしてみて、そこに存在していた樽に気が付いた。
(やけに小綺麗だな)
ここは場所が場所なだけにほとんど汚れきっていて、綺麗な場所などどこにも無いように思えていたから、その樽が真新しく輝いていたのは、なんともこの場では浮いている。
なるべく壁際を歩きながらそれに近づいてみて、やはり俺の見間違いではなくこれはどうにも外から運びこまれたばかりだという事を、周りに落ちている砂の粒で理解できた。
こいつは一体なんだ?
蓋に触れてみて、かぶった砂を払い書かれた文字を読む。
「っ!」
なるほど。こいつは。
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うぅ。
まったく、あいつはどうしてこう。
「お前はどうしてそうなんだ!!」
私の体を押しつぶしていたそれらを弾き飛ばし、血まみれの上半身を起こしてゆっくり立ち上がる。
「お前は! どうして! どうして!!」
敬虔な私に対して、どうしてこれほど酷い事ができるのだ!? 私は神の信徒なのだぞ!
「……あそこか」
許せない。
許せない男だ、あいつは。
「お前なんて」
私にとって、我が神にとって、あいつは全身全霊をもって否定しなければならない!
「大っっっっっっっっ嫌いだ!!」




