【32】陣中
くそ。
「貴様!」
ここが敵陣だっていうのは知っていた、だから何もなく通してくれるとは思っちゃいなかったが。
「敵襲、敵襲!!」
俺の存在を知ってなお眠っているならば、その首を絞めるのはたやすい。
だがそう上手く事が運ぶ事は現実にそうそうないんだ。俺たちの前に吹く風はいつも冷たい。
「気を付けろ、奴は魔術を使う! 死角から近づけ!」
そう叫んでいた男の頭を撃ち抜く、恐らく分隊指揮官か何かだろう。こちらの装備について知識があったようだが、身分を隠すというのも覚えた方がよかったな。
「っ!」
俺の方へ飛んできた斧を避ける。弾薬は出来るだけ節約したいところだが、そうも言っていられないのはこの状況。
近づいてきた男の一撃を避けて、膝を撃ち抜き腕を逆側に捻りあげる。低く唸る男の肩にライフルを置いて、彼を盾にするように進み始めた。
「くそ、周りこめ!」
「しゃがめしゃがめ!!」
前に立っている男たちを次々と地面に倒しながら、マガジンが空になるのと同時に捻りあげていた腕を離して近くに彼を蹴り出す。
好機と見た戦士が一人向かってくるが、胸に置かれた手はすぐにそいつを取り出して彼に向って火を噴く。
ライフルのマガジンを打ち捨てながら、左手に握った拳銃を彼らの額に打ち込んでは前に進む。
最後に込められた三発を近くに縄で張られていた木材に向けて撃てば、俺の背後にがたがたとそれらは転がり落ちたらしい。
「くそっ!! 早く退かせ!」
彼らが彼らの進行を邪魔している間、俺は最後のマガジンをライフルへと装填し、空になった拳銃をしまった。
まずいな。
このまま戦闘を続けるわけにはいかない。
遮蔽物に隠れるように身をかがめ、影の中を移る移る陣の外周部に向かう。
そこに何があるか知らないが、とにかくここから離れなければ俺は死ぬ。
最悪この場から離脱することも視野に入れなければならない以上彼らと遊ぶことは得策ではない。
(ひとまず)
視線の先に見えた離れの小屋に向かう。身を隠すにはちょうどよさそうな陰気さで、そこに駆け込んだ俺は少々後悔を覚える。
「うっ」
そこが何か、目や肌よりも、真っ先に俺の鼻が教えてくれた。
「……クソ」
クソ。
「何でこんなところに肥溜めなんて作ってやがる」
鼻を衝くその腐敗臭の限りは、俺の良く知っているもので、鼻先はその忌々しい臭いを実によく吸い込んでいった。
だがふとその中に嗅ぎなれない、それ。
「……?」
それは確かに俺の鼻をかぐわせた。
「……ガス?」




