【S4】知人のおかしな行動
この町は随分と複雑だから、あらかじめ地図を頭に入れておこうと思った。
逃げるにしても隠れるにしても自分が今いる場所の地理を把握しておくのは必要なことで、
だから中央の人ごみを避けて、こうして人気のない場所から先に調べていたのだが。
「あんたは一体何をしてるんだ」
そこで見知った姿が目を引いて思わず足を止めてしまった。こんな路地裏に似つかわしくない、随分と目立つあの清楚な姿。
それが何故か犬の前で跪いて祈っている、これはどういうことだろう。
まさか恵まれぬ野犬に対して祈りをささげているとでもいうのだろうか、いやそんな馬鹿な。
そんなことを思いながら犬が襲い掛かろうとまさに飛び出した瞬間、咄嗟に足が出てしまった。
軍用のブーツであるからその丈夫なこと、つま先に打たれた犬は放物線を描いて壁に叩きつけられ、小さく鳴き声をあげて後の二匹共々どこかへと消えた。
「ジャンパーさん」
半泣きである。目じりに涙が浮かんで少々顔が紅潮しているのは興奮している証拠だ。
ますます意味がわからなくなってきた。
「あ、ありがとうございます!」
あぁよかった、どうやら犬に祈りを捧げていたわけではないらしい。
これで“祈りを捧げているのにどうしてそんなことをするんですか!”などと叱られればどうするかと考えていたところだ。
とすると襲われていたのか、街の中で、犬に。
「お、おかしい……ですか?」
「いや」
つい笑ってしまったのは失態だ、理由を言わなければならなくなってしまった。
「ジストばかりだと思っていたが、あんたも相当ぬけてるらしいな」
「うっ」
要するに、この街の中で迷子になったということだろう。
それを言ってしまうとパラダは更に顔を赤くしてうつむいてしまった。
「まぁ無事で何より、立てるか?」
「は、は……ぃっ」
立ち上がろうとして、途中で脱力してまた座り込んでしまう。
その表情には明らかに苦悶が浮かび脂汗が額を流れる。
さりげなく足首をかばった手の内側から、赤くなった彼女の肌が見えた。
「痛むか?」
「……少し」
尻餅付いたときに捻りでもしたのだろう、折れているというわけでもないと思うが、一応具合を確かめた方がいいだろう。
「見せてくれ」
「えっ、あっ、はい」
それほど大きく腫れているわけではないが、それでも明らかに捻っていることがわかる。
グローブを外し、細かい作業ができるよう素手になると、彼女の傷を確かめるために腫れあがった部位の外側を握った。
「あっ……」
さすがに細かいところまではわからないが、この程度なら靭帯にそれほどのダメージが入っているわけでもないだろう。
彼女もまだ若い、十分自然治癒が見込めると思う。
できるだけ刺激を与えないように足首を固定して、右腹のポーチに入っているメディカルキットを取り出す。
中に入っているのは銃創を治すためのツールが一式だが、一応骨折などにも対応できるように固定具なども備え付けられている。
「きついか? 痛むようなら言ってくれ」
「いえ、だいじょ、ダイジョブ、ぶです!」
よくわからないがとにかく平気らしい。あまり強く巻きすぎないように気を付けながら、彼女の足首が痛まないよう固定していく。
(それにしても)
素足を見られるというのはそれほど恥ずかしいことだろうか、耳まで真っ赤に染めた彼女は余所を向いて決してこちらを向こうとはしない。
とにかく早めに終わらせてやった方が彼女のためになるだろう、最後に固定具を取り付けて包帯がしっかりと足首を固定したことを確認する。
「どうだ?」
「あ……だいぶ、楽になりました」
「ならよかった」
後は。
「ありがとうございますジャン……っ!?」
彼女を送り届けるだけ。
まさかこのままここに置いていくなどできるわけがない。
「軽いな、本当に食べてるのか?」
本当は背中へ横倒しに担ぐ方が手が空いていいのだが、まぁここでそこまでする必要もないだろう。
彼女の背を左腕に乗せ、足を右で支え、こうして胸の前で抱える。
少々動きにくいが、これでも彼女が軽いので助けられているくらいだ。
もしこれがジストであったら引きずって運ばなければならなっただろうな。
そんなことを思いながら、まるでゆであがったタコのようになった彼女を教会まで運んでいくこととなった。




