【14】仮生
殺す意思。
その対象を無力化する時、俺たちという人種は概ね何も考えてはいない。
その必要に差し迫られるからそうする。そうする必要があったから、俺たちは常にこの鋭い爪に指をかける。
「……」
この至近距離から七発も9mm弾を食らって生きて居られる人間などいない。
俺はためらうことなくその引き金を引き切った。
だから奴は死んで
「……っ」
死んでいなければ、ならなかった。
「まったく、随分と痛い」
奴は俺を掴んだ右手とは逆、左の手のひらで顔をかばって、その手の中に砕けた鉛を握りこんでいた。
「助けてくれた相手にするのがこれか?」
俺の体が宙に舞う。
奴の力は想像を絶していた、腕を掴まれ放り投げられれば、全身装備で110kgは超えているであろう俺の体が、あっさりと空を滑る。
泥の地面に着地してしばらく弾んだ体がようやく止まれば、俺の体はあちこちと痛みが走った。
既に夜の色が明け始めて、朝焼けの色が辺りを照らしている。
(まずい)
奴が悠々とこちらに向かって歩いてくるのが聞こえた。
距離を離さなくては。
「つっ!」
だが立ち上がろうとして違和感を覚える、どうやら膝と足首に大きなダメージを受けているらしい。
致命打ではない、少し休めば動けるようなものだとは思う。
だが今はそのちょっとで俺の命の行き先が決まる。
立て。
立て。
立
「無理をするな」
「……」
俺の体を影が覆う。
俺と太陽の間に、男が立っていた。
終わりか。
こんなことで、迂闊に死ぬ。間抜けな男だ。
視界の中を満たすぬかるんだ地面のように今の俺は無様で、地面を這った哀れな男は死を賜う。
くそっ。
畜生。
すまん、パラダ。
「……?」
だが何時までたってもそれは来なかった。
既に地面に俯いたまま七十秒は経っている、いくらなんでも冗長にもほどがあるだろう。
わからない、俺の視線はずっと泥の地面のままだったから。
ゆっくりと、視線を上げる。
既に俺の目の前にその姿は無く、気づいてみれば俺を覆っていた影も消えていた。
見渡せば、奴は近くにあった倒木に腰掛けて、のんびりと足を組んでいる。
「何のつもりだ」
「何がだ?」
心底不思議そうに表情を作るジェイメリ。それはこちらのするべきものだろう。
「ほら見ろイヅ、もうすぐ降るぞ」
なんだと思って奴の視線を追ってみる、それは天を見上げていて……
「美しいだろう」
まだ藍色を残す空に薄く彩る極彩色。
それは星々のようにも見えて、けれどもその星は俺たちに輝くことはなく、美しいアーチが伸びている。
山と地平線を、大きな虹が繋いでいた。
(……そうか、夜明けか)
この山に伝わる話。
朝焼けの中現れる虹の話、あまり役に立たない情報だと記憶の隅に置いていた。
「さて、帰るか」
何のつもりだ。奴は立ち上がると俺に背を向けて歩き出す。
「貴様もそんなところで寝ていると体調を崩すぞ? すぐに帰るがいい」
「……」
見逃す?俺を?
何故だ。
だが、機会を得られるというならば。
「もっとも」
例え泥を啜ってでも生き残って見せる。
それが兵士の、俺の、約束だからだ。
「するべきはお前への心配ではなく、リレーアの民であろうがな」
どういう意味だ?
その言葉に引っかかりを覚える。
「早く帰るがいい、聖戦士よ」
ゆっくりと俺に振り返った奴は、驚くほど柔らかな笑顔で俺に微笑みかけた。
「早くしなければ、貴様の背に立つ人々がみな、死んでしまうぞ」
その時、息が酷く熱く感じられて、俺の視界は酷く鈍色に染まる。
パラダ。




