【2】春日
リレーアの街はいくつものモノを失っていた。
それは時間であり、記憶であり、ぬくもりだ。
「気を付けろよ、重たいぞ!」
城壁の上、そのさらに上に空く青空は気持ちのいい陽光を降り注がせる。
ここは地上から二十メートルに近い場所だから、それなりに強い風が俺の髪をそよいでは消えていった。
「そのまま、そのまま引け」
城壁の上に吊るされた太い縄。滑車を経由して地上へと垂れたそれがつながる先には巨大な家具……ではないが、見た目なそんなものだ。
巨大な木材で組まれたその装置は人一人くらいならば簡単に押しつぶしてしまう、それだけの威容があれにはある。決して食器を置いて優雅に食事を楽しむようなものではない。
故に組まれた荒縄はしっかりその重量を支えられるよう四つに組まれ、麻の体をぎしぎしと言わせながら、地上にいる男たちに引かれて徐々にあの重量を持ち上げていく。
自分で設計したものだが、やはりこうして実物を見ると威圧感とでも言うべきものがあるものだ。
「降ろすぞ。 手順通りだ、慎重にやれよ」
「わかってますよ、そのために俺を呼んだんでしょ?」
ひと際大柄な男が自分の腕をバチンとはたく。
「あれがどれだけ重かろうが、こっちにはお前がいる。 頼むぞホフキンス」
「合点!」
ぎぃぎぃと悲鳴を上げ、ようやく城壁一歩手前に姿を現したそれ。
それを支えている床板は十分に丈夫なカシラバの木を重ねたものを使用したが、それでも実際こうして保っているのが奇跡のようにも思える。
さてここからは城壁の上に登っている俺たちの仕事、こいつを城壁の上に降ろさなければならない。
「はじめろ」
俺の号令を待っていた男たちはさっそく床板と城壁の間に新しい板を一枚敷く。この上を滑ってアレがこちら側に渡ってくる予定というわけだが、当然それだけで動くわけのない。
残りのホーフスを含む男たちは後ろに回り、手でこいつを押し出す。前にいる俺たちの仕事はそれがつつがなく進むのを確認し、問題があるようであればそれをホーフスたちに知らせ、解決すること。
「よし……いいぞ、両側に立て、前にいたら潰されるぞ」
俺は二人とつれて右に、残りは左に分かれ、進んでくる巨大を迎え入れるための準備を進める。
男たちに後ろからこれでもかというくらいに押されて悲鳴を上げているのは床板。今にぬけやしないかとひやひやとするが何とか耐えてくれて、ようやく足が半分城壁へとかかった。
ゆっくり……ゆっくり、慎重に。 既に七割を大地に足つけた巨体が徐々にその重量を、積まれた石の上へ預けていく。
「……でっけぇなあこりゃ」
「お前がそんなこと言うなんて、明日は槍でも振るか?」
ホーフスは面白くなさそうに顎を掻く。まぁ人間である以上こいつのサイズ感と比べられても面白くないだろう、肩幅だけなら二倍以上ある。
「槍を降らすのはこいつでしょうが」
「それもそうだな」
俺たちの目の前で、城壁に前を向いて設置されるそれ。
「しかしあんたは何でもできるな、さすが神さんの選んだ人だ、こんなものまで作っちまうなんて」
「作ったのはお前たちと大工だ、俺は設計しただけだよ」
それの上に、大きな鉄製の矢が設置され、装填された。
「“バリスタ”かぁ」
平たく言えば、巨大なボウガン。
強大に過ぎるから持ち運びもできないが、その強力は防衛戦となればいかんなく発揮される。
「こんなものがあればもう戦争は終わりなんじゃないですかね?」
「どうしてそう思う」
この世界の文明レベルで作れそうな軍備、と考えたところやはりこれしかなかったように思う。
油でもあればもう少しバリエーションもあったが……いったところで仕方もない。
「だって連中攻め込もうとしたらこいつに打たれるんでしょう? ぞっとしませんぜ。 あいつら逃げ出すに違いねぇ」
兵器が多くあれば、それだけ衝突を防ぐことが出来る。
「……だといいがな」
どこまで続く青空。
その下に奴はいる。あいつも、この空の下で生きている。
あいつが生きている限り、どれだけ壁を高くしても、俺にはどうにも安心して眠ることは出来なさそうだ。




