【40】冀望
久しぶりに俺は眠りの世界に落ちていた。
周りの音が一切しない静寂の世界で手放した意識は、酷く暖かいぬくもりに包まれ、その体温に甘えるように俺は身を丸めていたのだろう。
一番最初に感じたのは、首筋に当たる彼女の太ももの感触だった。花の匂いと、青草と、彼女の体臭が混じって俺の脳裏に浮かぶのは青い記憶。
母のと手を繋いで歩いていた日を俺の手は思い出していた。
「……おはよう、パラダ」
「えぇ」
両足を流すように地面につけた……両足をそろえた女の子座りのパラダに、俺は横から頭を預けるように横たわっているようで
「……」
右手はパラダを握り、パラダは俺の右手を握っていた。
手は握ったまま、俺は体を起こして、ねじれる指をいくらか入れ替えてまた彼女の手を握りなおす。
起こした体を吹き抜ける風は俺の肌に浮かんだ汗を弾いてはどこかへと消えていく。
俺の頬を伝った冷たさも一緒に、風は消えていく。
「パラダ」
「なんですか」
穏やかな顔のままに俺に微笑む彼女は美しかった。聖女と崇められるのはこの容姿が一因にある事に間違いない。
男なら誰だって、いや誰だって彼女に微笑まれればその心は靡くだろう。
「行ってくる」
だから俺は彼女に甘えてるわけにはいかない。
「どこへ?」
「俺がやらなければならないことをしに」
このぬくもりに背を預けたままでは歩け出せない。
体を起こして、俺は彼女の手を引き立ち上がらせてやる。彼女の白い服からぱらぱらと折れた青臭い葉の先が落ちて、風に吹かれた。
「パラダ」
「はい」
手のひらに残る小さな手。そのぬくもりを最後に強く握って、俺は手放す。
パラダは少しだけ寂しそうな顔を後に、指と指が離れて、ついに互いのぬくもりは途切れる。
寂しいよ俺も。
「行ってくる」
「はい」
パラダは俺を笑顔で送り出そうとして、それでも一度表情を崩して、最後にはまた戻って俺に笑顔を向けた。
俺は彼女を悲しませてばっかりだ。俺は彼女に助けられているというのにな。
それでも俺は歩き出す。
涙を流したところで草露が増えるだけで、何一つ代わりはしない。
俺たちは戦士だ。
ならば流すのは涙ではない。
どれだけの血を流そうとも、俺たちは進む……進まなければならない。
それまでに倒れていった人々を背負って、俺たちはその先に行かなければならないのだから。
(ダグレイス)
手に握った包帯は、既に乾ききった血を広くにじませる。
風に煽られて揺れるそれを見ながら、俺はそれをベルトに巻き付けると、しっかりと硬く結ぶ。
行こう、この先へ。
俺たちの戦いの終わりを見るために。




