【8】判断
状況は理解できた、この国が際している悲劇的な事件に同情すら覚えるところだ。
「くそ……くそ!」
飛び切り最悪のこの事態、どうあったとして解決できる見込みはない。何故ならこちら側から行える行動は全て封じられているだろう。
彼らをこの場で殺し彼女を救う、報復として王の身が危険に晒される。
いっそ全滅させてみる、結果は変わらない。
交渉……交渉というものはこちらに譲歩を引き出せる材料があって行うものだ。全てを知っているわけではないが、とてもそのようなものがあるとは思えない。
結局のところ金を払う以外に解決する方法はないのだろう。
「あんな蛮族共に!」
「ジスト」
悔しそうに顔を歪める彼女へ、近くにいた指揮官らしき、絢爛な装備に身を整えた男が近づいてくる。
「貴様、任務は終わったのか」
「は! ジスト・タインガム聖女護衛の任を終えただいま帰還しました」
「ご苦労」
それだけ言うと彼はさして興味もないといった風に去っていく。まぁ火急の事態だ、ジストのような人間に構っている暇もないのだろう、彼らには彼らの仕事がある。
しかし少し気になるのは、彼の顔がそれほど緊張しているように見えなかったことだ。
(この事態に動揺してない?)
指揮官であるならそれは頼もしい限りであるが、どうにもそう思えないのは俺の気のせいか。彼の周囲に備える兵士たちも、どことなく脱力しているように思える。
どうやら士気は最悪、この蛮族たちと戦うつもりも最初からないらしい。
「そうか」
そうこうしている間に時間が止まっているわけではない。髪を逆立て髭も生やしっぱなし、それでも一番身なりのいい先頭の蛮人が声をあげた。
「此度もまた貴様らは我らと言葉を交わさぬというつもりか!!」
明らかにそれは怒気を孕んだ声である、感情の高ぶりをそのまま口にしているようである。隠す相手もいないのだから当然ともいえるが。
「ならば我らも返礼しよう。 怨むがいい、呪うがいい! 貴様はあいつらに見捨てられたのだ!」
「いやぁ!!」
憔悴しきっていたはずの女が悲鳴を上げたのは、髪を掴まれ無理やりに引かれ、地面に俯いていた顔が天に向かったから。
目には涙を流し、瞳は何を見るでもなく揺れて、口は声のある限り叫ぶ。
(……どこの世界も変わらぬものだな)
無力な人間はいつもこうして犠牲になる、別に珍しい事ではない。文明が進めば彼らのような人間も保護されるのだが、それを言ったところでしょうがない。
彼女はああなる運命だったのだろうから、誰がそれに責任を負うこともないだろう。
(しかし)
依然として誰も表情一つ変えず、無気力なまま顔を伏せているこいつらは少しならず不気味だ。
義憤に燃えるような若者ですら死んだような表情で下を向いているのは、さすがに少々妙に思える。
何せ兵士たち以外、ようするに城門前に集まった人々は彼女を助けるように声を上げ懇願し、怒り、泣き、感情があふれ出ている。
この下と上の差は一体なんであるか。
(こいつらは何故こんな顔をしている?)
疑問は尽きない。
「貴様らのために今日はちょっとした趣向を凝らしてきた」
そのまま一気に刃を振るうのかと思いきや、ヒゲの男は斧を腰に戻すと、馬の手綱を絞って大きくいななかせた。
「っ!」
それが合図だったのだろう。
男たちの群れの中から、小さな女の子が連れられ、彼女の隣に跪かされた。




