【32】会談
目覚めたときにはじっとり汗を掻いていた。
嫌な汗だ、グローブの手の甲で払って、引っかかった前髪がゆらりと陽炎のごとく揺れる。
「お目覚めですかい?」
「……あぁ」
こんな環境だ、悪夢の一つ見たっておかしくない。がたがたと揺れる馬車の座席で俺の体はずっと揺さぶられている。
「……酷い顔ですぜ」
「そうか」
自分ではわからないが、そんな顔をしていたのだろうか、ダグレイスの心配そうな顔が俺を覗き込んでいた。
「次ベッドに入ったらぐっすり寝るさ」
「そうしてくだせぇ」
それほど疲れていたかな、自分ではわからないものだ。高鳴る鼓動はようやく収まり始めて、体調がようやく落ち着いてくる。
悪夢の中身は思い出せない……かろうじて覚えているのは、わずかな血の臭いだろうか。
いかんな、これから敵のど真ん中に入ろうというのにこんな弱気では。
俺たちの馬車が向かうのは第一防壁の外。
「そろそろですぜ」
「あぁ」
今から近衛四百を連れ、バイバレス現王、スワ王との会談に臨むのだ。
「ダグレイス、外の様子はどうだ?」
「仕掛けてくる様子はありませんね」
「まずは話し合いの場を持てそうだな」
すぐ後方には当然ながらリレーアの軍も出てきているが、だからといって相手側にとってこれが好機な事には変わりない。
一大攻勢に出れば確実に敵方の指揮官を葬られるのだから、バイバレスにとっては自制が利いていなければすぐにでも兵の押し寄せてくる情勢だ。
だがそれは恐らくスワ王の望む所ではない。
「本当に信用していいんですかい、そいつ」
俺が懐から出した手紙を見ながらタグレイスはヒゲを撫でる。
「ソーリスのお墨付きだ、信じろ」
この手紙の主、“商人”の言うところ、スワ王は既に威勢弱く、これ以上の闘争を望んでいない。
そろそろ季節も漁に出るのに最適な季節が近づいている。
スワ王の消沈ぶりは最近特に酷く、リレーア攻略もほとんど現実的ではなくなった以上、撤退を促せばスワ王は必ずそちらに傾くだろう、と。
こちら側に有利な条件がいくつもある以上、彼らも下手に俺たちに手を出せない……というわけだ。
「しかし、よくあのお嬢さんに怒られませんでしたねぇ、聖戦士殿」
「あぁ……パラダのことか」
俺が危険な事をするたびに顔を真っ赤にして怒るあの少女、確かに今回あっさり送り出してくれた。
何故かといえば俺が一つもリスクを説明せずに出発したからだ。
パラダはただ相手の王と話し合いをするだけだと思っている。
……もし二万足らずの敵の中に悠々歩み入って話し合いをするなどと言っていたら、また泣かれただろう。
(……嘘をつかないためにも無事に戻らないとな)
“何も危険な事はない”俺はそうパラダに言い残してきてある。
だったらそれはしっかりと実現しなければならない。俺は嘘つきは嫌いだからな。
「……」
それと、嵐もだ。
俺の肌を撫でつける激しい風が、馬車から降りたばかりの俺たちを迎える。
分厚い雲が、太陽の光を遮っていた。




