【B10】学者
※初めて評価が入った(ストーリー)記念
背中が痛い。どれだけの痛みにも意志を繋ぐ訓練をされているから、この痛みが途切れることはない。
まったく、こっちの世界でも書類仕事をする羽目になるとは。
「ダグレイス、これで十分か?」
「あぁ……はい、大丈夫です。 ありがとうございまさぁ」
俺たちが知りえた情報は一通りこの紙面の上に書き終えたと思うが、そのほとんどが俺のものだ。
タッツとスッティなどもはや書類の体裁すら整っていなかったのでその分だって俺は書いたんだ。
「上に持っていくぞ」
「いやぁ聖戦士殿にこんな仕事させてしまって……」
「言うな、どうせ俺しかできなかっただろ」
下に置いておいて粗野な男どもの尻に敷かれでもしたらたまったものではない。
コニューの部屋もまぁ安全とは言い難いが、鍵のついた箱のいくつかはあるのでそこに入れておけば、少なくとも酒だなんだのが転がっているここよりは安全だろう。
燭台の置かれた机から身体を燭台ごと引きはがして、紐で丸めた書類の束を下げて俺は階段を上がっていく。
もう辺りはすっかり夜の闇に包まれて……筆を握り始めたころはまだ昼頃だったと思うんだけどな。
「コニュー」
部屋の主の留守を確認するためのノックは二度響く。返事はない。
念のためもう一度拳をスナップさせてみるが、やはり扉に声が遮られているとか、そういうことではなさそうだ。
仕方がないので燭台片手に扉を押し込んで……音を立てないように部屋の中へと足を運ぶ。
この時間に彼女が部屋にいないというのもおかしい、だとすると。
「……」
こういう時燭台の光は強すぎず都合がいいものだ。
「お姫様はぐっすりか」
机に突っ伏したまま小さな背中は静かに寝息を立てている。
「んっ……」
どうやら俺の仕事を手伝おうとしていたらしい。写真を模写したものを張り付けて、地図の描かれた羊皮紙が机には投げ出されている。
コニューも随分と走り続けたからな、思ったよりも体力を消耗していたのだろう、机の上でうとうとしてそのまま崩れたのだろう。
燭台を彼女のベッドの近くに置いて、書類は近くの棚の中。
彼女を持ち上げて見れば驚くほどその肢体は軽い。見えなくなった足元に注意しながら、そろりそろりと床に置かれたゴミの山を避けて歩く。
「んん……」
ベッドに彼女の体を沈めて、机の上で揺れる火を指先でつぶした。ずぼらな彼女らしくベッドからは机に手が届くほどの距離しかなく、彼女は瞼の裏で暗くなったのを感じたのか身をよじる。
「……」
ベッドの上の俺の手にしがみついて、すやすやと眠る彼女の顔を見て思うのは……自分でも諧謔が過ぎると思っているから、口には出さない。
コニューも子供なんだな。まだそばに誰かがいてほしい年ごろなんだろう。
するりとその拘束から手を抜いて、ぬくもりから過ぎ去る指が彼女の前髪を撫でた。
反抗期の子供もこうして眠ってしまえばかわいいものなのだろうな。
(この年で親の気持ちか? ダグレイスに感化されたな)
最近どうにも年少組との時間が多くなってきているからそういう気風が俺の中に生まれてきているような気配はある。
これが父性本能という奴なら、自分の中にそんなものがあったとは驚きだ。正直そういう物事とは縁の遠い生活を送ってきたから、こういう気持ちがわいてくる事すら想像していなかった。
といったところで、本物の父性に勝てるわけもないんだけどな。
「ダグレイス」
「おっ、聖戦士様」
「んっ」
戻ってくればダグレイスは両手に飲み物、例のごとくアルコール飲料を汲んできてくれたらしく、俺に向けてその片方を差し出す。
「コニュー、机の上で寝てたぞ」
「はは、お恥ずかしいところを見せてしまいました」
ダグレイスは俺のように礼を知らぬ小僧相手にもこうして笑ってくれる。こういうのをなんというのだろうな……包容力か。
ネイサンもこうして俺によくコップをくれたな……。
「……聖戦士様」
「? なんだ」
ダグレイスは椅子に座りながら、自分の手の中にある水面を見つめている。
俯いた顔から表情は伺い知れない。
「コニュー、もらっちゃくれませんかね」
思わず吹き出しそうになるのをこらえ、ぐっと喉の焼ける様な酒を飲みほした。
「ダグレイス、一つ教えてやる」
「なんです?」
不思議そうに上げた顔にはまるで邪気というものがない、お前こそ不思議な男だ。
「お前、面倒ごとを押し付ける時、直前に神妙な態度になるぞ」
「ははは、そんな馬鹿な」
そういって笑いながら頭をはたく。深夜の部屋の中ぱちんと気持ちのいい音が響いた。
「親としては娘が誰かに持っていかれるのは悔しいものじゃないのか?」
「コニューが嫁に行けばこれで四回目でさぁ。 慣れもしますわ」
「そんなにか」
最後に残ったのが末娘のコニューというところだろうか。まぁ末娘という以前に魔術の研究に没頭してる変人だ、貰い手が早々見つからないのはわかる話。
「ならダグレイスが俺の父か? ぞっとしないぞ」
「ありゃ、そこまで考えてませんでしたね。 聖戦士殿が息子かぁ……まぁ悪いもんじゃないですが」
「パパ?」
「いや、やめてくだせぇ。 やっぱりこの話は無し無し」
ダグレイスもまたぐびりとそれを飲み干して、また何度かぱんぱんと音を鳴らす。
付き合ってみれば、これが彼の照れ隠しであるということがようやくわかってくるものだ。
「聖戦士様」
「なんだ」
窓の外に向けていた視線を戻して、ダグレイスは俺のことをまっすぐと見つめる。
「あいつのこと、お願いしまさぁ。 俺は出来の悪い父親だ、こんなこと、あなたくらいにしか頼めない」
例えここで俺がどんな言葉をかけたって慰めにしかならないだろう。
反抗期を迎えた娘とうまくやっていける父親など、きっとそれほどいないのだろうから。
「子は親の見ていないところで成長するものさ」
だから俺は、この二人の事を見守るくらいしか、きっとできない。
それ以上に踏み込むときはきっと、何か俺が必要とされる……そんな時なのだろうから。




