【S10】あて無き謎解きに鍵は使えず
あの騒がしかった日から一日、俺たちは体をゆっくりと休め……万が一追跡があった場合を考え、馬車の止めてあるポイントへ大きく迂回して向かった。
「……」
結局道中何が起こるなんてこともなく、指は140本、足は12本、頭は六つそろったまま帰路へついている。
御者のスッティはそれなりに気を使って操縦してくれているのだろうが、それでも山道を行く馬車は大きく揺れるのだ。
移動に目立たぬ夜中の行軍。4kmの更に半分の2km程度なら歩いてもよかったが、念のためにミッションプランをいくつか練って、そのための装備を積み込んできてよかった。
あれだけ派手にやってまだ1/3も使っていないのだから、持ってきすぎた感は否めないが……大いに越したことはなかろう。山もり詰まれた装備類の箱を枕に俺はガタガタと揺れる床の上に転がる。
「……」
あぁもう驚かんさ、今まで散々驚かされてきたからな。
なんなんだ全くこの世界は。
「夜になると薄く光って人の前に現れるのをなんていうか知ってるか?」
「?」
真っ暗な馬車の中、薄く光った彼女が不思議そうに首を傾げる。
首をかしげるのは俺の方だ。
「俺の国では幽霊って言って怖がられるんだよ」
「??」
紅の瞳を歪ませ、眉を顰める彼女は、その白い肌と青みがかった髪を発光させながら、いつも通りのふるまい。
別に後ろの馬車の中で死んだので化けて出たとかそういう事ではなさそうだ。
まぁどうせ魔術とかいう奴だろう、走っている馬車を移動するくらいなら地面をめくりあげるより簡単なはずさ、きっと。
「セー」
そんな事思っていると彼女は俺を指さした。
「センシー」
なるほど、コニューの奴はいい先生をやっているらしい。
「初めまして魔女さん、その通り俺が聖戦士をやってる伊津直久だ。 君の名前は?」
口調だけは物語の騎士らしく……が床に寝転ぶ姿は崩さない。胸の下で握っている拳銃を見られるのは少々避けたいからだ。
「???」
「あー……、もう少し短く切らないとわからないか? そうだな」
子供の相手をするときには……そう、言葉よりもわかりやすいものがある。
胸の拳銃から手を離し、上半身を預けていた木箱から引きはがすと
「名前」
人差し指、中指、二本揃えて彼女の正面にまっすぐと置いてやる。
「ナマエ」
彼女も自分を指さし、コテンと傾げた首をもとに戻した。
無表情に戻った彼女の顔がなんともおかしくて、指先が震えたのに気が付かれていないといいが。
「イーデ」
「イーデ?」
おかしな名前だな。まぁスズキだのサトウだの出てきても驚くが。
「イーデ」
どうにも繰り返した俺の呼び方が気に入らなかったらしく、彼女はもう一度自分の名前を繰り返す。
「イーデ?」
「イーデ」
「何が違うんだ」
彼女の発音に沿って答えているつもりだが、どうにもお気に召さないらしい、何度も自分の名前を呼ぶ。
「イーデ、チャン」
ようやく変わったのは六回目くらいの時か。名前の後ろにちゃんがついた。
それで何となくだが、彼女のいわんとすることを掴めたような気もする。
「イデちゃん?」
「チャン」
合ってるようだな……、ふんと鼻息一つ吐いて彼女は満足げ。
「ナマエ」
「あぁ、イデちゃんだな? これからよろしくたの……」
そういって差し出そうとした手は当てがなくなり空を切る。
馬車は今一度夜の闇に包まれ、静寂が訪れていた。
どうやら満足したらしく彼女の姿は闇の中に消え……闇の中ではなく文字通りその場で消えたように思える。
「……なんだったんだ」
よくわからない客人の訪問を受け、終えて、俺はせっかく起こしたけだるげな体を特に何に使うこともなく、今一度木箱へと落とすのだった。




