【6】事件
教会にパラダを送った後、ジストの誘いでギルドからの報酬を別けてもらう運びとなった。
この世界では無一文の俺だ、正直な所こうした収入は随分と助けになる。
「で」
仕事後の一杯というのはどの国、どの時代、どの文明でも同じらしい。ジストは俺の前に座ってそのジョッキに注がれた金色の飲料に喉を鳴らす。
「パラダはその山賊から王を取り戻すための祈祷にきたってことか」
「その通りだ」
ジストが差し出すもう一杯を断りながら、少しずつ見えてきた状況を整理する。
ここはアルカトールという国で、その首都であるシャインガル。
その元首たるアーニアル二世が北方にあるヴェンツェネへと移動中、襲撃してきた山賊により身柄を攫われ、このアルカトールに身代金を要求してきている。
それを解決するために神への祈祷に呼ばれたのがあの聖女パラダであり、その護衛に派遣されたのがこの騎士見習いのジストであったというわけらしい。
(なんというか、文化の違いだな)
俺などは現代的で科学的な見地を持っているから、どうしてもそんな危機的状況に神頼みなどと、と思ってしまうが。
彼らからすれば大真面目なのだろう、そもそもあんな少女一人にそれだけの力があると思っているのもおかしな話であるが、血の宿命という奴はことこういった場では非常に厄介なものなのだろ。
太陽の降り注ぐオープンテラスで思いを巡らす。
「なぁ」
「なんだ?」
口から下品に飲料をこぼしながらジストは答えた。
「もし王が助からなかったらパラダはどうなるんだ?」
それを聞いた途端眉を顰め、手に持っていたジョッキを一気に傾けるジストは頬を赤らめこちらを睨みつける。
「そのような事はあり得ない! 神は必ずお助けくださる!」
「お前がその神なのか?」
「そんなわけあるか!」
「じゃあ何で神の気持ちがわかる」
ジストは少々バツが悪そうに口を尖らせ、こちらに返す言葉を探しているようだ。
「い、いやしかしだな」
「じゃあ神の考えることなどわかるまい、王を助けぬ理由もあるかもしれないだろ」
「う、うーむ」
渋々と言った様子でジストは俺の言葉を考え始め……まぁ余り愉快そうな話にはならないであろうことを察せる表情になった。
「もし、王が助からなければ、聖女は役目を果たせなかったことになるから、その責任を追及されるだろう」
「そしたらどうなる?」
「わからない。 私は裁く側の立場ではないし、アーニアル二世の母君のお気持ち次第といったところだと思う」
つまり私刑か、楽しい話ではないな。
(返す返すも馬鹿馬鹿しい話だな)
彼らにとっては大真面目な話なのだろうが、今ある脅威を無視して誰かに頼り、あまつさえ祭り上げてから梯子を外す。
少々いら立ちを覚えるくらい愚かだが、俺が何を言うべきことでもない。彼らの社会だ、何も知らない人間が口をはさむようなことではない。
(しばらくはこの金で生活を安定させて、それから元の世界に帰還する方法を探す……そうするとしよう)
そんなゆったりとした時間を過ごしていたはずのテラスはがやがやと騒がしく、人の輪に動揺が広がっていくのがわかる。
ジストもそれが何かわからないようでこちらに困惑した視線を送り、視界の端でとらえた一人の男が酒場に向かって声を上げるのが見えた。
「奴らが来た!」
その一言だけでジストの表情が変わった、ということは。
「誰か捕らえられてるぞ!」
もめ事であることに間違いはなさそうだった。




