「若き古魔法道具店の店主の悩み」<エンドリア物語外伝77>
最近、桃海亭の客の入りがいい。
初心者らしき魔術師がやってきて、必要なものを店にいるオレやシュデルに聞いてくる。あれば、出すし、なければ、ないことを告げる。
金と品物を交換して、終わり。
それの繰り返しだ。
なぜかと思っていたら、魔法協会のエンドリア支部に書類の提出に言ったとき、経理のブレッド・ドクリルが教えてくれた。一時期、オレの【不幸を呼ぶ体質】を警戒して近寄らなかったが、今では前と同じように普通に接してくれる。
昔と違うのは、ブレッドの首に魔除けの十字架がいくつも下がっていることだ。ローブには護符バッチがいくつも貼られ、頭には悪魔除けの呪文が書かれたサークレットまでしている。
「桃海亭は、初心者が買いやすいんだよ」
「古魔法道具店は、どこも同じようなものだろ」
ブレッドがあきれた顔でオレを見た。
「お前、古魔法道具店に入ったことないだろ」
「あるに決まっているだろ。ロイドさんの店にはよく行く。エンドリアの別の町や他国の古魔法道具店からも、桃海亭にある商品が欲しいと言われれば届けたりしているぞ」
「オレが言っているのは、他の古魔法道具店に品物を買う為に入ったことがあるか、だよ」
「ない」
「ほら、見ろ。入ったことがないだろうが」
「無理言うなよ。桃海亭は貧乏なんだぞ。利益が上乗せされている他の店の商品を買うことなんてできる訳ないだろ」
「普通は価格交渉をするんだよ」
「価格交渉。蚤の市なんかでやっている、あれか?」
「ほんと、店の経営に向いていないよな」
「そう思うなら、代わってくれ」
「お前に魔力がついたら代わってやる」
ブレッドがうれしそうに言った。
「値札の価格で買ってくれないのか?」
「普通は買い手が『下げてくれ』と交渉するんだよ。魔法道具は高いだろ。古魔法道具だから安いかと言われれば、そんなことはない。価格を決めるのは機能なわけだが、状態や装飾や材質で上下するだろ。そこを交渉で決めるんだ」
「知らなかった」
「いつも思うんだが、よくそれで古魔法道具店をやっているよな」
「オレもそう思う」
「とにかく、交渉をするのが普通なんだ。でも、魔術師の初心者は妥当な価格がわからない。不当に高く売りつけられてもわからない。だから、正しい価格がついている桃海亭に行って、買うんだ」
「桃海亭の価格は正しいのか?」
「店主が聞くなよ」
「オレに正しい価格がわかると思うか?」
「わからないだろうな。わかった、教えてやるよ。商品に見合った適正な販売価格だ」
「ムーもシュデルも良心的な価格設定なんだな?」
「そうだ。理由はお前の方がわかっているだろ」
オレはうなずいた。
適正な価格の原因。
ムーは『天才は間違わないしゅ!』
シュデルは『道具第一主義で価格を決めています』
商売に向いていない3人の店。
貧乏なのは当然かもしれない。
「オレに鑑定ができればな」
ポロリと本音が出た。
「魔法道具の機能を知るだけなら、ウィルにもできるかもしれないぜ」
「本当か?」
「【イゴチ骨董店】に【魔法道具の機能を調べる魔法道具】あったはずだ。あそこの店主も魔力がなかったら重宝したらしい」
「【イゴチ骨董店】?そんな店、聞いたことないぞ」
「店主が年を取って5年前に店を閉めた。そのあとに入ったが【フロン食材店】だ」
「リョーフェン通りの高級食材店だよな?」
「貧乏店主がよく知っているな」
「シュデルのあこがれの店だ」
『桃海亭の財政が豊かになったら、フロン食材店の食材を買うんです』と何度も聞かされている。
「あこがれで終わりそうだな」
ブレッドがニヤニヤしている。
「それで【イゴチ骨董店】の【魔法道具の機能を調べる魔法道具】はどうなったのか知っているのか?」
「【イゴチ骨董店】が閉店の時に商品売りつくしバーゲンをやったんだが、【魔法道具の機能を調べる魔法道具】は売らなかったそうだ」
「すると、店主が今も持っているってことだよな?」
「その翌年、店主が死んで行方不明だ」
「わからないなら、言うなよ」
「オレに行方はわからないが、シュデルやムーなら方法があるかもしれないぞ」
「そうだよな。こういう時のために、あいつらがいるんだよな」
オレはブレッドに礼を言って、早足で店に戻った。
そして、【魔法道具の機能を調べる魔法道具】の場所を調べてくれるように2人に頼んだ。
「できないしゅ」
「できません」
「なんでだよ。こう、探索魔法とか、検索魔法とか、探知魔法とか、何かないのか?」
「あります」
「それなら」
「店長、僕の魔法道具は桃海亭から持ち出し禁止です。魔法道具の使用範囲も桃海亭内のみです。キケール商店街の通りでの使用は暗黙の了解で見逃してもらえていますが、ニダウ全域に探査をかければ、桃海亭の外の使用みなされて魔法協会に捕まります」
オレはムーを見た。
ムーの魔法には使用制限はない。
「探すものを見ていないしゅ。適当な条件で探査をかけると、あっちこっちから怒られるしゅ」
「ムーさんの魔力量で探査した場合、エンドリア国外まで探査してしまう可能性があります」
「ダメか」
オレは残念に思いながらも、縁がなかったのだと【魔法道具の機能を調べる魔法道具】を探すことを諦めた。
「ガガさんが知っていた」
翌日、朝一番でブレッドが桃海亭に知らせてくれた。
【イゴチ骨董店】を店主だった人の娘がニダウに東側の住居地区に住んでいるらしい。娘の家の場所を聞くと、ブレッドが既に会った後だった。ニダウに自分の知らない情報があることが許せないらしい。店主の娘はキケール商店街にも買い物に頻繁に来るので、今度、桃海亭に寄ってくれることになった。
「見つかるといいですね」
シュデルが棚を布で拭きながら答えた。
日差しが窓ガラスを通り、陳列した商品に降り注いでいる。
今日も魔術師の卵らしき人が数人やってきて、いくつか売れた。
このまま良心的な古魔法道具店という方針で頑張れば、毎日肉が食えるようになるかもしれない。
そうしたら、オレも命の危険のない未来を手に入れることができるかもしれない。
カウンターで、商品の魔法のペンを磨いていたオレは、扉のノブがガチャガチャと動いたのに気がついた。
次の瞬間、バンと派手な音を立てて扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
笑顔を浮かべた。
「これ、これ」
50歳くらいの女性が走ってきて、手に持ったものをカウンターに置いた。
「あげる」
黄色がかった白い丸石。直径は10センチほど。
「これは何でしょうか?」
「ブレッドちゃんに頼まれたの」
頭に悪魔除けのサークレットをはめた容姿平凡な男の魔術師が脳裏に浮かんだ。
「もしかして、魔法協会に勤めている魔術師のブレッド・ドクリルのことですか?」
「お話上手で楽しかったわ」
ニコニコと笑顔でオレを見ている。
「もしかして、【イゴチ骨董店】の関係者の方ですか?」
「父がやっていたの」
高齢になったから閉店したのだから、娘が50歳でもおかしくはない。が、娘=10代と思いこんでいたオレは、ちょっと寂しい。
「わざわざ、桃海亭まで来ていただきましてありがとうございます」
「買い物のついでだから」
手をパタパタさせる。
「じゃあ、帰るわね」
「あの、これは?」
オレはカウンターに置かれた白い石を取り上げた。
「あげる。父は『壊れている』と言っていたけど。じゃあね」
女性は小走りで扉に向かった。
「ありがとうございます」
また、手をパタパタさせて、店を出ていった。
棚を拭いていたシュデルが、カウンターのところまでやってきた。
「これが、先ほど話していた【魔法道具の機能を調べる魔法道具】でしょうか」
「わかるか?」
持っていた石をシュデルに渡した。シュデルが丹念に見ている。
「この道具は僕の影響は受けません。調べる能力を持っているようですが、はっきりとはわかりません。女性の方が言われたとおり、壊れているのかもしれません」
「どうやって使うんだ?」
「たぶん、これでわかるはずです」
シュデルはオレが持っていた魔法のペンをカウンターに置くと、その上に石をそっと乗せた。
石が震え、幼児のような片言の音声が流れた。
《物体:木の棒、能力:ダンス》
「間違っているな」
「間違っていますね」
「壊れているな」
「壊れていますね」
オレはカウンターに両手をついて、うつむいた。
「店長、そんなにがっかりしないでくだい。鑑定は僕がします」
「ありがとな」
「それに魔法道具の能力を調べる道具が製造されているのがわかったのです。他にもきっとあります」
「そうだよな」
「見て、あげる」
「見てくれると言われても………んっ」
顔をあげたオレは見たくない顔を見てしまった。
「な、なんでいるんだ!」
「お久しぶりです、フィリズさん」
「……また…来た」
フィリズ・ホルト。
歴史上に名を残す魔法道具制作者ホルト公の子孫。フィリズ自身も腕利きの魔法道具制作者で世界一の魔法道具製作所ドリット工房で働いている。
見た目は可愛い18、9歳の女性だが、中身は完全に壊れている。自分が作りたい魔法道具を作る為なら、この世のルールをすべて無視する。
「今日はどのようなご用事ですか?」
シュデルが微笑んだ。
「………見て…」
背中に担いでいた大きなリュックを下ろした。紐をゆるめて、中から出したのは分厚い紙束。それをシュデルに渡した。
「設計図のようですが………」
「……ムー」
「ムーさんに見てもらいにきたのですね?」
コクコクとうなずいた。
「そうですか、ムーさんに」
シュデルが眉を寄せた。
ムーは、フィリズに何度もひどい目に遭わされている。素直に見てくれるとは思えない。
「これ………」
フィリズがリュックの奥から紙袋を出した。中をのぞいたシュデルが驚きの声を上げた。
「どうしたのです?」
「………キャンディー・ボン………お仕事、した」
「そうなのですか。これならば、しかし………」
フィリズがコクコクと首を縦に振っている。
「フィリズさん、設計図には自信がありますか?」
フィリズがフルフルと首を横に振った。
「わかりました。僕のムーさんと話をしますから、フィリズさんは僕がいいと言うまで黙っていてくださいね」
フィリズがコクコクと首を縦に振った。
シュデルは紙袋をリュックに戻した。それから、オレをキッとにらんだ。
「店長も黙っていてください」
オレもフィリズを真似して、コクコクと首を縦に振った。
フィリズに関わらないですむなら、それに越したことはない。
「フィリズさんはここで待っていてくださいね。絶対に動かないでください」
そう言うとシュデルはカウンターに設計図を置いて、食堂に行った。ゴソゴソと音がする。その後、大声で2階にいるムーを呼んだ。
「ムーさん、ブラックマシュマロを食べますが、一緒に食べますか?」
すぐにシュデルは店に通じる扉を開き、ブラックマシュマロが詰まった瓶を持って入ってきた。
ダダダッと階段を駆け下りる音がして「どこしゅ、どこしゅ!」と焦った声がした。
「こちらでです」
シュデルが呼ぶと、ムーが店に飛び込んできた。
「あったしゅ!」
ブラックマシュマロに飛びついてきたムーを、シュデルは軽やかに躱した。そして、カウンターに置いた設計図をムーに渡した。
「見ていただけますか?」
ムーは頬を大きく膨らませたが、設計図を受け取った。そして、パラパラと見た。
「22種類の機能のうち、8種類は安定しないしゅ。使えないしゅ」
ポイとカウンターに放り投げ、シュデルに両手を差し出した。シュデルは持っていたブラックマシュマロの瓶を、ムーの手に乗せた。
「ムーさんは設計図の修正できませんか?」
瓶の蓋を取って食べ始めたムーに聞いた。
「できるしゅ。でも、無駄しゅ」
「なぜですか?」
「懐中時計なのに、直径が30センチもあるしゅ。ゴミしゅ」
フィリズの目から涙がドバッと吹き出した。
ムーは口の周りを真っ黒して、ブラックマシュマロをせっせと食べ続けている。
「その設計図と同じ22種類の機能を持った懐中時計の設計図を、新しく書いていただくわけにはいきませんか?」
「なして、ボクしゃんが書くしゅ」
シュデルがフィリズのリュックから、紙袋を取り出した。
「報酬はこれでいかがでしょうか?」
紙袋から、赤い玉がついた棒を取り出した。
マシュマロの瓶に集中していたムーが顔を上げて、赤い玉のついた棒を見た。瓶がゴトンと床に落ちた。
「そ、それ………まさか……だしゅ」
「キャンディー・ボンの幻のリンゴ飴です」
シュデルが笑顔で、ムーに棒を差し出した。
ムーが首をブンブンと横に振った。
「ないしゅ。そんなはずないしゅ。リンゴ飴は売られていないしゅ」
「はい。僕もキャンディー・ボンのリンゴ飴は、作るのに非常に手間がかかるので販売されていないと聞いたことがあります」
「だしゅ。だから、キャンディー・ボンが特別な人にプレゼントするときしか作らないしゅ」
「特別だったみたいです」
「ほよしゅ?」
「こんなに貰ったのです。キャンディー・ボンから」
紙袋の中をムーに見せた。
「嘘だしゅ!」
「こちらの方が、キャンディー・ボンのお仕事をされたそうです」
シュデルが優雅な仕草でフィリズの方を向いた。つられて、ムーも向いた。
「ヒョェーーーしゅ」
ブラックマシュマロに気を取られて、フィリズがいることに気づいていなかったらしい。
逃げようとしたムーに、シュデルが言った。
「リンゴ飴」
ピタッとムーが停止した。
短い足が痙攣している。
「ダ、ダメだ、しゅ」
「今回を逃せば、食べる機会は二度とありませんよ」
「イ、イヤだしゅ」
ムーは逃げようとしているが、壊れたブリキのロボットのようなぎこちない動きだ。ギギギッという音が聞こえてきそうだ。
目の端で何かが動いた。
見るとフィリズが分厚い金属でできた首輪を持っていた。象でも繋げそうな太い鎖もついている。フィリズは口を大きく開き、舌を出してハアハアと荒い息づかいをしている。
シュデルに『動くな』と言われたから動かないだけで、ムーの捕獲は諦めていないようだ。
「2本いただきますね」
シュデルが袋の中から、もう1本リンゴ飴を取り出した。
フィリズがうなずくと、取り出した1本をオレに渡して、自分は握っていたリンゴ飴をかじった。
「美味しいです。このリンゴ飴」
シュデルが目を見開いた。
オレもかじってみた。
「これは、すごいな」
表面は飴がパイのように薄い層になって幾重にも重なっている。パリパリとした歯ごたえが心地よい。その下に乾燥したリンゴ。丸ごと乾燥してあり、水分が一滴もない。サクッとした歯ごたえで、口に含むととろける感じだ。リンゴが酸っぱくて、飴が甘くて、口の中で絶妙なハーモニーを作り出している。
「た、食べたいしゅ」
ヨダレを流しながら、ムーがこっちを見ていた。身体は逃げようとドアの方を向いている。
シュデルが奥のドアを開けた。
「いまから、フィリズさんとお茶をします。2階で考えていらしてください」
ムーが壊れたロボットから通常のロボットに戻った。足音をドタドタと響かせて、2階にあがっていった。
「フィリズさん。首輪つきの鎖はリュックにしまってください。お茶にしましょう」
シュデルが笑顔で食堂に誘った。
フィリズは渋々鎖をリュックにしまったが、食堂には向かわず、カウンターの前に移動した。そして、カウンターに置いてある壊れた【魔法道具の機能を調べる魔法道具】を左手で持ち上げた。右手には奇妙な形をした工具。
「待て!」
オレの制止より早く、右手が動いた。
パコン。
白い石が割れた。
中には細かい部品がぎっしりと詰まっている。フィリズは床に座り込むと石を分解し始めた。
オレはフィリズに恐る恐る近づいた。
「フィリズさん。修理をしてくださるのは嬉しいのですが、ここだとお客様の邪魔になります。食堂でお願い………」
ボコッ!
床に穴があいた。
オレは見た。
奇妙な工具から一瞬何かが飛び出したのを。
「………手が………滑った」
そう言うと石の分解を続けた。
オレは諦めて、陳列してある商品の手入れをすることにした。カウンターの側にある高さ2メートルほどの石の灯籠を磨き始めた。
「……壊れている」
フィリズの呟きを無視して、オレは灯籠を磨き続けた。
「………壊れている」
オレの背中の真後ろ、10センチの距離から聞こえた。
オレは無視して、灯籠を一心不乱に磨き続けた。
「…………壊れている」
フィリズの息が、オレのうなじにかかっている。
冷や汗を流しながら、オレは灯篭を磨き続けた。
「……………壊れ…」
「お茶にしませんか?」
シュデルの声と共に店内に茶の香りが広がった。
「……する」
フィリズの気配が遠ざかり、振り向くとシュデルがテーブルに花柄のティーカップを置いたところだった。
フィリズは分解した白い石をカウンターに丁寧に並べると椅子に座った。そして、湯気のたったお茶を美味しそうに飲み始めた。
「フィリズさん、それを直せますか?」
「………ムー」
「フィリズさんは、直せないのですか?」
フィリズは、ブンブンと音を立てて首を横に振った。
「直せるのですか?」
フィリズが大きくうなずいた。
「直してもらえませんか?」
「………ムー……」
「ムーさんの捕獲は……」
フィリズが首を横にブンブンと振った。
「………設計図…………」
「設計図が必要なのですか?」
フィリズが、また首を横にブンブンと振った。
奥のドアが少しだけ開いた。
ムーの白いくせっ毛が見える。
「………設計図書いてあげるしゅ」
声だけが聞こえた。
フィリズが笑顔になった。
「………あげる」
「交渉成立ですね」
シュデルがホッとした表情を浮かべた。
「……これも………」
フィリズが分解した白い石を指した。
「この設計図ですか?」
フィリズがうなずいた。
「ムーさん、フィリズさんはこれの設計図が欲しいそうです」
訳が分からないといった顔をしたシュデルが、それでもムーにフィリズの意志を伝えた。
扉の隙間から、ムーの青い目が見えた。
「………わかったしゅ。そのままのしておくしゅ」
フィリズがうなずくと、ムーが2階にあがっていく足音がした。
フィリズがリュックからリンゴ飴を出してシュデルに渡した。続いて、鎖付きの首輪も出した。
「それは受け取れません」
うなだれたフィリズは鎖付きの首輪をリュックにしまうと、トボトボと帰って行った。
「おい、どういうことだ?」
「フィリズさんは懐中時計の設計図とそこにある石の壊れた部分の設計図を送って欲しいのだと思います」
シュデルが指したのは、カウンターに置かれた分解された白い石。
「この石、どうするんだ?ムーに直せるのか?」
シュデルが手をポンと叩いた。
「そういうことだったのですね」
「わかったのか?」
「はい」
シュデルはカウンターの中に入ると、棚から取り出した箱にバラバラになった白い石を入れた。
「フィリズさんが言いたかったのは『自分はこの石を直すことができるがが、ムーに壊れた箇所の設計図を書いてもらって欲しい』ということだと思います」
「なんで、ムーに設計図を書いてもらうんだ?自分で直せるなら、直せばいいだろ?」
「なぜ、ご自分で直さないのかは僕にはわかりません」
「バラバラになったこの石は、どうするんだ?」
オレの問いに、シュデルが笑顔を浮かべた。
「僕がムーさんの書いた設計図と一緒にフィリズさんのところに送ります」
その話を聞いたオレは、胃が痛くなった。
胃の上を右手で押さえながら、シュデルに聞いた。
「フィリズの修理の手間賃は、いくらなんだ?」
「それで、どうされますか?」
シュデルが困惑した顔でオレに聞いた。
「オレに聞かれてもなぁ」
フィリズは優秀な魔法道具制作者だ。そのフィリズが無償で【魔法道具の機能を調べる魔法道具】の修理をしてくれた。壊れた部分はムーの新しい設計図で作ったらしい。
超一流の魔術師が修理の図面を引いて、超一流の道具制作者の魔術師が修理をしてくれた。オレとしては喜ばしいことなのだろうが、オレは全身脱力状態で、修理された白い石を見ていた。
《Θ2200ルーパス78ΓΓ…………》
カウンターに置かれた石の下には、前回と同じく魔法のペン。ペンの上に置くと、白い石はすぐに話し始めた。
オレのまったく知らない言語で。
《30α220リロファクター990………》
数字はわかるが、それ以外は何を言っているのかわからない。
シュデルに言わせると、白い石が延々と話している内容は【魔法のペンの機能】だそうだ。詳細な情報を提供してくれているらしいが、魔法を勉強していないオレにはさっぱりわからない。
「あいつらが関わると、こうなるんだよな」
「ムーさんやフィリズさんが悪いわけではありません」
「わかっているんだけどなあ、無駄に高性能だよな」
「はい、高性能です」
「オレにどうしろっていうんだ」
「店長、【魔法道具の機能を調べる魔法道具】が話している内容がわかりますか?」
「わかると思うか?」
「それならば、選択肢はひとつしかありません」
オレはため息をつき『ひとつしかない選択肢』を実行した。
修理して動くようになった【魔法道具の機能を調べる魔法道具】を、オレは魔法協会本部に売った。買いたいという希望は多かったが、一番高い値をつけたのが魔法協会本部だったのだ。
支払われた金貨20枚のうち金貨5枚は【イゴチ骨董店】の娘に渡した。桃海亭は残りの金貨15枚を手に入れた。
「店長、今月は黒字です」
「【魔法道具の機能を調べる魔法道具】、使いたかったな」
「また、いつか見つかりますよ」
笑顔でシュデルが言った。
オレもシュデルも、わかっていた。【魔法道具の機能を調べる魔法道具】を手に入れる方法を。だが、オレもシュデルも口にはしなかった。してはならないことを、経験で知っていた。
ムー・ペトリならば設計ができるだろう。フィリズ・ホルトならば設計図通りに製作できるだろう。だが、この2人には【魔法道具の機能を調べる魔法道具】を決して作らせてはいけないことを。
オレも笑顔を浮かべた。
「そうだな。いつかは見つかるよな」