第四話 教祖ライブ
「抜け出すには情報が足りない」
八雲は怪しげな宗教組織から抜け出す道を選んだ。こんな所にいては、何をされるかわかったもんじゃない。今すぐに抜け出したいところだが、捕まってしまっては意味がない。より安全に抜け出すために、しばらくは情報収集に徹しようと考えた。
「そっかぁ……。まぁ、そうなるよね」
健太郎は何度も頷き、八雲の考えに理解を示した。
「だから、いろんなことを教えてほしい。どんな些細なことでも構わないから、ここから抜け出すヒントが欲しいんだ」
「ん~……抜け出すだけなら、楽勝なんだけどね」
「楽勝?」
「この建物から出るのは簡単だよ。玄関から普通に出られるし、窓からも出られる。監視カメラも無い。ただ、ここって山の中だからねぇ~。夜は暗いのに街灯が無いし、野犬も出るみたいだし、何より車がないと厳しいよ……。近くの街まで、結構な距離があるからさぁ」
抜け出すことで頭が一杯だったが、そもそもここが何処なのか、八雲はわかっていなかった。
「ここって何処なの?」
「群馬の山奥」
「マジかよ……」
地理的に詳しくない場所にいると知って、八雲は愕然とした。彼の頭の中では、東京から離れた場所に連れて来られたという認識だった。大学入学を機に地方から上京した八雲にとって、関東と言えば東京、神奈川、千葉、埼玉というイメージで、茨城、栃木、群馬が同じ地方に分類されていることは忘れ去られていた。
「おいおい、そんな僻地に飛ばされたような顔をするなよ。群馬だって関東地方だぞ」
「……そうだっけ?」
「まぁ、未開の地グンマーって、ネタにされてるけどさぁ……」
気を取り直して脱出計画を考え直す。
山の中だから車がないと厳しいというなら、ここの関係者だって車を使っているハズ。黒服の男が車を運転していたことからいっても、高次元教関係者が車を所有しているのは間違いないだろう。となれば、施設の近くに車があってもおかしくない。
「車さえ手に入れられれば、ここを抜け出して街まで行けるよな?」
「行けるんじゃない? 問題は車の入手方法だね」
「駐車場に止めてるのを何とか奪って……」
「駐車場は違うことに使ってるから車はないよ。止めてるのは車庫だけど、鍵がかかってるから入れないし、車のキーの在り処も知らないんだよなぁ」
「じゃあ、まずはそこからってわけか……」
「八雲っち、運転できんの?」
「一応、免許は取ってる」
地方出身の八雲にとって、運転免許は必須アイテムだった。電車が二時間に一本にしか来ない地方に住んでいると、18歳になったら取れと親が言う場合が少なくない。大学の合格発表後に合宿免許に参加し、パパッと取って今はペーパードライバーとなっている。
車社会の地方から出たことがない人間の感覚では、免許がないと何処に行っても困ると思いがちだが、都市部に出たら車を使う機会は減るし、何より車を止めておく駐車場の費用が地方とは桁違いだ。車を趣味で持つほど裕福でなもなければ、レンタカーで遊びに行くようなこともない八雲にとって、運転免許証は本人確認書類として財布に入れているだけの代物になっていた。
「で、車庫ってどの辺にあるの?」
「ここで説明してもわかりづらいから、外に出た後に教えるよ。この後、出ろって言われるからさ」
「外で何かあるの?」
「教祖ライブ」
「へ?」
教祖とライブという単語が頭の中で繋がりにくかったが、よくよく考えてみれば当たり前の話だった。日野雫の歌を聞かせ続けたいというのが高次元教のスタートだ。それが今も続いていると考える方が自然と云える。
「八雲っち、コールの練習しておく?」
「教祖相手にコールって……。やらないと罰則とかあるの?」
「ないよ。ただ、ライブは強制参加だから。冬以外は基本的に野外ライブ、冬は最上階の部屋で窓を開けて歌う彼女に、外から声援を送る感じになるから」
冬のライブは想像しただけでも寒そうだった。そんなのに参加させられる前に、何とかして抜け出そうと決心する。
一方で気になる点もある。“巫女のお告げがある里という設定”があるのに、教祖がいるというのは、どう整合性を取るつもりなんだろうと、騙した側の出方が気になった。
「しかし、俺を騙す時に使った里の設定って、教祖が出てくると辻褄が合わなくなりそうなもんだけど……」
「まぁ~ね。そこんところが、穴だらけって言った理由のひとつなんだよねぇ~。穴だってことは向こうも知ってるから、明日にでもフォローを入れてくると思うよ。例の手紙で」
「“試練の儀”みたいな話を、手紙に書いてくるわけか」
「そうそう。もしくは、“彼女に手紙を出せるけど、書きますか?”と訊いてくる場合もある。だから、八雲っちに手紙を渡したわけさ。色々やり取りする中で、手紙の内容を知らないってなると、僕が渡してないってことになって、怪しまれるからね」
「なるほど」
こっちが手紙で教祖のことを質問してくるなら、それに合わせて辻褄合わせをする。訊いてこないなら面倒な説明は抜きにして、“私も頑張ってるから、貴方も……”的な文章でタダ働きを継続させる。そんなところだろうと推測し、八雲は相手のやり方を鼻で笑った。
もしかしたら、相手のやり方だけではなく、自分に対する苦笑だったのかもしれない。 騙されたというのに、未練のようなものが穂乃花に対してあって、それが彼女の存在を美化しようとしている。彼女自身も騙されているのではないか。自分を騙したのには深い理由があるのではないか。気づけば、それを信じるのに都合のいい情報を求めている。そんな自分を笑いたい心境だった。
きっと、健太郎が分岐型台本を渡してくれなかったら、“おかしいな”と思いながらも、彼女から来る手紙の内容を信じ、彼女が罰せられないようにと思って働き続けたのだろう。
それは、“おかしいな”という気づきから、彼女に騙されていると確信するより、“おかしいな”は自分の勘違いとして彼女を信じる方が、自分にとって都合が良いからだ。彼女を信じるのなら、自分は騙された愚か者だと認めなくて済むし、彼女と結ばれるという淡い期待も抱き続けられる。自分は騙されたのだと認め、現実に向き合う方が辛いのだ。
八雲がしばらく感傷に浸っている間、健太郎は部屋の整理をしていた。といっても、この部屋は彼の衣服が散乱しているので、その服の場所が変わっただけに過ぎない。ただ、分岐型台本が衣服の下に置かれたことで、誰かが入って来た時に目に付くことはなくなった。
それから十数分の間、八雲は健太郎が台本を渡されて協力を頼まれた経緯と、その頼みを受けたフリをしている話を聴いていた。話が八雲に会う日に近づいたところで、館内アナウンスが入った。
「本日も、教祖様より有り難いお言葉が頂けます。全員、正面玄関から外に出てください」
女性の声だった。それを聴くや否や、健太郎はスクッと立ち上がって、日野雫と書かれたハチマキをし、ピンク色の法被を羽織った。
「何、その恰好……」
「正装だよ、ライブの」
「みんな、そういうの着るわけ?」
「いや、元ファンくらいかな。連れて来られた人は普段着だし、高次元教関係者は白装束姿でフードを被ってるか、仮面を付けているのかのどっちかだよ」
日野雫のファンだったと過去形で聴いた気がしたが、目の前にいる彼は単なるファンにしか見えなかった。
「さぁ、ライブだライブだ!」
ズンズンと歩いていく健太郎の後を追い、八雲もライブ会場のある外を目指した。
正面玄関から外に出ると、何十人かの男たちがどよめいていた。彼らの先にはステージが用意され、幾つもの照明によって照らされていた。ステージの周りは鉄パイプで組んだ櫓のようになっていて、一番上にはテント生地で屋根が張られている。
ステージ上にはドラムのセットやアンプが置かれ、ギターを持った長身の女性が歩き回っている。機材の確認をしているようだった。
「彼女は教祖……じゃないよな?」
「違う違う、彼女は尾瀬遥。担当はギター」
「そっか」
そう言えば、話に出てきたなと改めて見てみる。尾瀬はボリューミーな茶髪をひとつに束ね、ダメージジーンズにタンクトップというラフな恰好をしていた。目つきが多少悪いものの、顔立ちは整っていて、八雲は少しだけ見とれた。
彼女の顔を見てボーッとしていると、後ろからドンッと太った男にぶつかられる。
「いやぁ~、失敬、失敬」
男は焼き鳥を頬張りながら、最前列へと向かっていた。すれ違いざま、焼き鳥の良い匂いがして、八雲の食欲が刺激される。思えば、支給された菓子パンしか食べていない。
「あの焼き鳥、何処で……」
「あっちで配ってるよ」
健太郎が正面玄関から離れた場所を指さす。そこにはキャンピングカーが何台か止められていて、その前では焼き鳥や焼きそばを焼いている人がいた。八雲は匂いに引かれるように、焼き鳥の列に並んだ。
焼き鳥を受け取っている人を見ても、何かを支払っている様子はない。
「タダなの?」
「タダっちゃタダだし、現物支給って言われれば現物支給だよ」
「これも給料分か……」
食えるなら何でもよかった。自分の番が来て前に出ると、“1人5本まで”と言われたので迷わず指を5本立てる。後ろで誰かが舌打ちしたのが聴こえたが、八雲は気にせずに5本焼けるのを待った。
その5本を受け取り、列から離れると同時に噛り付く。
「はふっ……はふっ……」
柔らかい肉だが、鶏とは違う気がした。
「どう? 美味しい?」
健太郎は1本だけ貰い、かじりながら話しかけた。
「うまいけど、何の肉?」
「たぶん、合鴨かな。安く買えるし、合鴨農法もやってるからね」
「合鴨農法って?」
「水田に合鴨を放して、虫とか食わせる農法だよ。減農薬や無農薬って表記で、米を売り出せるからやってるらしいけど、養殖の合鴨を野生に放すのは禁止されてるから、大きくなったら食うしかないらしいよ。成長すると稲穂に手を出すし」
「へぇ~」
八雲は食えれば何でもよかった。訊いておきながら、健太郎の話は半分も頭に入っていなかった。次は焼きそばだと、隣の列に並ぶ。
「なんか、お祭りみたいだ」
「教祖様が野外フェス感を出したくてやってるもんだからね」
「ふぅ~ん……」
八雲の番が来る。鉄板で焼かれた焼きそばは、コッペパンの切れ目に入れられて渡された。またしても、列から離れてすぐに口を開けて頬張る。口の中の水分がパンに取られて苦しくなり、近くにあった“お茶”と書かれたポリ容器の蛇口をひねり、傍に置いてあった枡に注いで飲んだ。
飲み終わってスッキリしたところで、睡眠薬は入っていないかと不安になった。前に一度、お茶で眠らされているからだ。
「これって、飲んでも平気だよね?」
「大丈夫っしょ。みんな飲んでるし」
他の人も普通に利用しているところを見ると、さすがに何も入っていなさそうだと安心する。確認の為に周りを見て気づいたが、キャンピングカーの向こう側には、貨物用のコンテナが置かれていた。
外側を建物の外壁と同じクリーム色で塗られていたので、パッと見でコンテナだとは思えなかったが、近くで見てみると港に幾つも置いてあるものと同じだった。
「あれって、貨物用のコンテナだよね。何で、こんな所に?」
「車庫代わりにしてるんだよ。結構大きいし、頑丈だし、組み立てはいらないし、15万ほどで買えるからね」
「ああいうのって、売ってるんだ……」
「ネットでも買えるよ。貨物用として使えるのは十数年だから、その後は中古コンテナとして安く出回るんだってさ」
そう言って健太郎はコツコツと、八雲の腰元を叩いた。目線で“あれが例の車庫だ”と言っている。食ってばかりだった八雲も、逃亡用の車の場所として、コンテナの位置を心に刻んだ。
ステージで尾瀬がギターをかき鳴らすと、ざわついていた群衆は静まり返り、元ラブホの建物から白装束の人たちが現れた。健太郎の説明にあった高次元教の関係者だ。全員、白いローブのようなものを纏っているが、それについたフードを被っている人もいれば、フードは被らずに仮面を付けている人もいた。
仮面は鼻から上を隠すタイプで、目の部分には穴があけられていた。よく見ると、目の部分の下には涙の雫が描かれていたり、赤い三本の線が描かれていたりした。
「彼らの前で、迂闊なことを言わないように」
小声で健太郎が忠告する。彼の言う迂闊なことが、高次元教に対するアンチな物言いなのは言うまでもなくわかった。
「我々の誘導に従い、列を整えよ」
白装束の集団はピンク法被の集団を呼び寄せ、最前列へと連れて行った。無論、健太郎も連れて行かれ、八雲は一人残されてしまった。
八雲が彼らに呼び寄せられたのは、最後列を並べる段になってからだった。おそらく、熱狂的な信者を前にし、新参者は後ろにして、教祖にとって気持ちのいいライブにしようという計らいだろう。
最後列に並べられては、最前列の健太郎の姿は見えなかった。ただ、彼を目で追ううちに、ちょっとしたことに気付いた。自分を誘導したのは仮面つきの関係者だったが、最前列の方はフードを被った関係者だった。
それにどんな違いがあるのかはわからないが、フードを被っている人の中には、女性もいるのは確かだった。
急に眩しい光が建物の屋上から差し込む。目がくらみながらも、そっちの方に目を向けると、誰かがゴンドラに乗って降りてきていた。
「な、何だ?」
ステージ上では演奏が開始され、ミディアムテンポの曲が流れる。ゴンドラを照らす光が弱まり、ピンク色のふりふりしたドレスを着た人物が少しずつ見えていく。可愛いというには、もう一歩何かが足りない童顔のアラフォー。その健太郎の表現がピッタリなツインテールの女性がそこにはいた。
彼女こそ教祖、日野雫その人だと八雲は理解した。
ゴンドラがステージまで来て止まると、日野はぴょんっと飛び降りて歌い始めた。
「あれもできる~♪ これもできる~♪
君には無限の可能性があるって教えられたけど
そんな可能性は~ 要らないの♪
だって、そうでしょ?
世界で一番可愛くなれる可能性は誰にもあるけど
世界で一番可愛いのは一人しかいないじゃない
可能性は無限大 でもね 世界で一番は有限なの
それって、なれないってことでしょ
あれをやろう~♪ これもやろう~♪
自分には無限の可能性があるからって思ってたけど
そんな可能性は~ 要らないの♪
だって、そうでしょ?
あれもこれもしてたら中途半端になるだけ
だから私が貴方の可能性を奪ってあげる
無限の可能性に迷わないように 一つに決めてあげるね
それって、幸せなことだから」
甘ったるい声と可愛い振付とは裏腹に、歌詞には重いものを感じる八雲だった。よく、こんな曲で乗れるなと、最前列で動き回る連中を見て感心する。
次の曲は打って変わって疾走感のあるナンバーだった。日野はスタンドマイクと踊るように歌い始める。
「僕には価値がないって 君は言うけど
もし それが本当なら その目を売ってよ
価値がないなら いいでしょ?
だって、眼球2つで15万円になるもの
目がダメなら、腎臓でもいいわ
腎臓1つで2600万円になるもの
それは嫌だって?
価値がない人が 何を言うの
価値がないなら いいじゃない
それとも もう自分には価値がないって言わない?
だったら 言っておきたいことがあるの
貴方の価値は 貴方が決めるんじゃないって
自分で値札を貼る商品なんて無いの
値付けをするのは 他の誰か
だから 価値がないって言わないで」
彼女の歌を聴いていると、心の闇をぶつけられたような気分になった。笑いたくなるほどに甘ったるい声も、聴くにつれてクセになりそうな中毒性がある。
ハマったらどうしようという、よくわからない不安が押し寄せてくる。健太郎の気持ちが少しわかったような気になって、無性に彼と話したい衝動に駆られて姿を探す。
けれども、最前列は相変わらず見えづらく、健太郎の頭すら見えなかった。高次元教の関係者に、前に行かせてもらえないか頼もうと思い、声をかけ易そうな人を探していると、白いフードを被った女性が目に留まった。
「穂乃花?」
遠目で自信はなかったが、最前列近くにいるのは、自分の家を訪れた彼女にしか見えなかった。
胸の鼓動が急に早くなり、居ても立っても居られない気持ちになる。
気づけば、無言で前にいるの人々をかき分け、彼女の元へと進んでいた。それは強引極まりない前進だった。
誰かが自分に文句を言っているのが聴こえたが、その声に耳を貸す余裕はなかった。
無我夢中で前に進み続け、ようやく彼女の傍まで来たときには、周囲を仮面を付けた関係者に囲まれていた。
「教祖様の大切な時間を邪魔するとは、何という罰当たりか。この男を捕らえよ!」
仮面を付けた男たちが八雲を縄で縛りあげる。
そこで初めて、八雲は自分がライブを妨害したことに気付いた。同時に、何処かに連れて行かれる前に、彼女と話がしたいと願った。
「あっ……」
彼女に手を伸ばすも、その距離は広がっていくばかりだった。八雲の体は建物の方へと引きずられていた。
「蘇芳穂乃花!」
彼女の名を叫んでみたが、聴こえてくるのは教祖の歌声だけだった。
「社会が悪い 社会が悪いって~♪
口癖のように言うけれど
社会は君の欲望を満たす為にあるんじゃない」