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第三話 中二病ホイホイ

「まぁ、読んでみてよ」

 健太郎に勧められて『中二病ホイホイ』と書かれた台本を開いてみる。


『中二病患者は、中二病設定の中で生きた方が幸せである。

 その高次元教の教えに従い、現代社会に適応できない患者たちを救い、生き易い設定へと取り込むのが、高次元教の導き手に与えられた使命である。

 これは彼らを導くための分岐型台本だが、必ずしも同じように行う必要はない。彼らを我らの元へと導くことが重要であって、どれだけ台本通りに演じられたかを評価するものではない。対象者が我らの元で労働に勤しみ、生きづらい社会から解放されることが目的である。


 目次

 ケース1 一日だけの婚約者 P1~

 ケース2 奇跡の秘薬 P120~

 ケース3 能力の覚醒 P240~』


 最初のページからして嫌な予感しかしなかった。

 次のページからは『一日だけの婚約者』と題された台本となっていて、そこには一人暮らしの男性の元を訪ね、里のしきたりで結婚しなくてはいけないという流れのセリフとト書きが書かれてあった。

 あの日、穂乃花が自分に言った言葉は、そこに書かれているものと大差ない。自分が彼女に言った言葉も、想定されている相手のセリフに似たようなものがあった。

 台本には相手がこう出たら、こう返すといったような問答集が幾つも用意され、その出方次第では別展開も用意されていた。それが分岐型の所以だろう。自分が辿ってきたルートを見ると、そこには“信じやすい人ルート”と書かれていて、最後は車中で睡眠薬入りの飲み物を飲まされる内容となっていた。念のため、睡眠薬入りの弁当も用意するという補足もある。

 エピローグとして、対象者は目が覚めた後に婚約者からの手紙を受け取り、試練の儀をクリアする為に終わらない仕事に勤しむとあった。彼女から貰った手紙の文面は一言一句、この台本に載っているサンプルと同じだった。

 手紙のサンプルは他にもあり、会えなくても手紙で励まし合うものや、疑い始めた相手に送るものなどが用意されていた。こういった手紙で偽りの事情を信じ込ませ、働き続けさせることが、彼らの言う“中二病設定の中で生きる”ということのようだった。

 他のケース、『奇跡の秘薬』と『能力の覚醒』も似たような感じで騙す展開となっている。前者は不治の病に苦しむ妹がいて、ごく稀にできる奇跡の真珠をすり潰した粉がないと助けられないとあった。やらされることはイチョウガイを使った淡水パール生産で、この貝はプランクトンを食べて水質を改善するともある。

 後者は世界の危機を救うには、まだ覚醒していない君の能力が必要だというものだ。実は世界各地で異能力者が目覚めていて、その力を使った犯罪が多発している。報道されるとパニックになるので公にはなっていないが、彼らを止めるには厳し修行に耐えて、能力を覚醒させるしかないという設定の元、修行と称して何らかの労働をさせる内容となっていた。

 どの展開にせよ、タダ働きをさせて資金を得ようというのが狙いだろう。現に、今日の作業に関して賃金の話は出ていないし、“試練”という設定なら報酬があってはおかしい。

 八雲は騙されたことに気づき、床に膝と手をついた。ただただ嘘だったことがショックで、自分を騙した相手への怒りも湧かなかった。

「先に言っておくけど、僕は高次元教の信者じゃないからね。あの手紙を渡したけど、それは奴らにマークされない為に仕方なく、だよ」

 健太郎が背を向けて言う。こういうものを彼が見せている時点で、信者じゃないのは何となくわかっていた。信者だったら台本を見せて、“中二病設定の中で生きる”ことを台無しにはしないだろう。

「それじゃ、健太郎は……。まさか、俺と同じように誰かに騙されて?」

「ん~、ちょっと違うかな。僕はさ、最初からいるんだよね」

「最初から?」

「高次元教として、アイツらが動き出す前からってこと」

 健太郎は椅子の背もたれを抱えるようにして座り、真っ直ぐに八雲の顔を見た。

「僕はさ、日野雫っていう地下アイドルのファンだったんだ」

「はぁ……」

 高次元教絡みの重々しい話を覚悟していたのに、好きなアイドルを告白されて、八雲の体から一気に力が抜けた。

「ふりふりの服を着てさ、甘ったるい声で歌うんだよね。彼女、もうアラフォーなのに。見た目はさ、ギリ20代でもいけると思ってるんだけどね、僕は」

「そう……なんだ」

「若く見えるって言っても、ちょっと童顔ってだけで、可愛いっていうには、もう一歩何かが足りないんだよなぁ……」

「俺、アイドルの話が聴きたいわけじゃないんだけど……」

「まぁ、いいから聴いてよ。そのうち高次元教に繋がるから」

 八雲は座って聴くことにした。

「その彼女、日野雫のコンサートに行くようになって、常連客と顔見知りになったんだよね。最古参のファンで、親が金持ちのニート久能駿。あと、彼女の幼馴染で内科医の和田初。この二人の男性と、彼女のコンサートでよくギターを担当していた尾瀬遥って女が企画したのが、廃墟になってたラブホでのお泊りライブだったんだ」

「そのラブホって、ここ?」

「そうだよ。お城みたいな外観が彼女の世界観に合うとかで、久能が買い取ってライブ用に改装したんだ。彼女のファンって、数は多くなかったけど、ノリの良い奴が多くてさ、楽しかったんだよねぇ~……最初のうちは」

 健太郎は椅子の背もたれに顎を乗せ、手をだら~んとさせた。

「お泊りライブは一泊二日の予定だったんだけど、楽しかったから明日もやろうって誰かが言い始めて、実際に次の日も行われたんだ。その次の日も、そのまた次の日もと、繰り返されるうちに、帰りづらい雰囲気になってさ……」

「まさか、それからずっとここに?」

「一度は帰ったさ。でも、家族に断わって戻ってきた」

「何で?」

「見ていたかったのかもね、ここがどうなっていくのか」

 椅子の向きを直して座り、健太郎は語り続けた。

「僕が戻った時には、ここの設備は来た時とは段違いになってたよ。誰かが帰る理由として“あれが無いから”“これが出来ないから”という度、久能は要求を満たすものを用意しやがった。用意されたらさ、もう帰るに帰られないわけよ。お前の為に買ったんだって顔をするしね」

「キツいな……」

「仕事があるし、しないと生活費が~って奴に、札束攻撃したときは驚いたよ。金はやるから、働かなくていいって言われたら、もう何にも言えないじゃん。久能がこんなんだから、家族を理由にしたら、身内が消されるんじゃないかって噂したもんだよ」

 八雲は自分の家族のことを思い出し、携帯電話を手に取ってみたが圏外になっていた。

「この建物の中だと圏外になるよ。外に出て山を下れば繋がるけど、それよりだったら仕事で使うパソコンからメールでも送った方が早いんじゃない? まぁ、送信内容や何を閲覧してるのかは見られてるけどさ」

「そう……なんだ……」

 健太郎に言われて携帯をしまう。

「それで話の続きになんだけど……。日野雫は歌を聴いてもらえれば幸せなタイプで、久能は彼女のご機嫌を取るのが好きなもんだから、ここでのライブを日常化しようと手を尽くしていたんだ。でも、この状況を維持するのには金が要るし、さすがの久能にも使える額には限りがある。そこへ、相部絵里という女が来てしまった」

「誰なの?」

「とある企画会社の社員だった女だよ。新たなアイドルユニットを結成する為に、日野雫に声をかけてた奴で、ファンの間では評判がよくなかった」

「嫌われるようなことでもしたの?」

「まぁ、何ていうか、日野雫の魅力をわからずに、売れたアイドルの真似事をさせようとして、みんなに反感を買ってたね。あと、僕らが近づくと露骨に嫌な顔をするんだよなぁ……」

 腹立たしいことを思い出したのか、健太郎は握った拳を震わせた。

「あの女がやってきて、この現状を見て言ったらしいよ。“ここは、日野さんの王国ね”って。そしたら、久能のスイッチが入ってしまった。そうだ、王国をつくろう……ってね。ここで金を生み出して姫に献上、日野雫にとっての夢の国にする。その第一歩が、僕らが今やってる作業ってわけさ」

「アダルトゲーム開発……」

「そう、それ。これも集まったファンで可能なビジネスを考えた結果なんだ。でも、そんなに稼げるわけじゃないじゃん? ダウンロードサイトでのデビュー作の売り上げは酷いもんだったよ。何か他の事業が必要だと久能が思ったとき、アイデアを出したのが相部絵里。彼女は企画会社で思うように仕事をさせてもらえなかったこともあって、自分の裁量で事業をやりたかったのさ。でも、それをやるには明らかに人材不足。そこで彼女が取った手段が強制勧誘。つまり、分岐型台本の使用だよ」

 会ったこともないのに、自分を騙した穂乃花よりも、相部絵里なる人物が憎く思えてくる。八雲の心の中には、まだ穂乃花を信じていたい、彼女は利用されただけなんだ、そう思いたいところがあった。

「アイツの考えることは、穴だらけだからねぇ~。台本も突っ込みどころばかりで、最初はうまくいかなかったんだけど、演者が上手いと引っ掛かる人が出始めるようになって、不幸にも人が集まったんだな、これが。それで色んな事業が始まってアレコレあって、税金面のことを考えて宗教法人化。近くにあった名前だけの宗教法人を買収してね」

「それで、高次元教になったと……」

「そう。日野雫の歌の歌詞を都合よく引用したり、解釈したりして教義まで作っちゃったのさ。さっきの台本に書いてあった“中二病患者は、中二病設定の中で生きた方が幸せである”ってのは、彼女の歌の一節“同じ趣味の人しかいない街があればいいのにな”から取ったものだよ」

 何という拡大解釈かと、八雲は別の意味で感心した。

「その高次元教って名前も、彼女の歌から?」

「それは違うよ。誰かが相部に“これだから三次元は”って言ったのを聴いて、彼女が“二次元が好きだから、あなたの思考は低次元なのよ”とか言いだして、そんな奴らが高次元を目指せるような団体とか何とかでつけた気がするなぁ……。あの女、基本的にオタが嫌いだからねぇ」

「なんだか、その相部って女の為の組織みたいだ……」

「実質、そうなのかも。日野雫は教祖に祀り上げられただけだし、久能も相部が来てからは主導権を奪われて、最近じゃ信者として入って来た子にご執心らしい。お泊りライブを企画した和田さんは、施設の外に出ない信者の健康を心配して、たまに診に来てくれるくらいだし、ギターの尾瀬は組織の話には首を突っ込まないし……。まぁ、相部が好き勝手やってる組織だよ」

「健太郎は、ここから出ようって思わないの?」

「僕? 僕はさ、ここに残って記録をつけていたいんだ。いつの日か高次元教が崩壊したときに、内情を知る者として正しく伝えようと思ってね。それより、八雲っちはどうなの? 真実を知って脱走する? それとも居続ける?」

「俺は……」

 質問を返されて、八雲は自分に問いかけた。脱走か、許容か、様子見か……。自分にとって何がベストなのかと。

 考えている途中で、不意に穂乃花の顔が浮かんだ。

 彼女は自ら望んで人を騙していたのだろうか。どうして高次元教に入ったのだろう。自分のことを、本当はどう思っているのだろう……。

 彼女に訊きたいことは次から次へと溢れてきた。それでも、まずは身の安全だと自分に言い聞かせ、八雲は一つの答えを絞りだした。

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