裏路地には誰も
最近、繰り返し同じ夢を見る。
狭い路地を通っている夢だ。
薄暗い路地を通っている夢だ。
その夢の中で、
私は誰かが後ろにいた気がした。
そして、振り返るのだ。
そして、いつも。
そこには誰もいない。
チャイムの間延びした音と共に、退屈な政治経済の授業が終わった。
「ねぇ、美梨?」
先生が退出するなり、私の所に奈緒と桜がやってくる。
彼女らは高校に入ってからの友人である。トランプにはまっていて、昼休みにはよく2組に別れてスピードをしたものだ。
「顔色、悪いよ。保健室行ったら?」
あの夢を見るようになってから、彼女らもクラスメートも、部活仲間も、先生も皆、私に何処かよそよそしくなった。私の異常に気がついているのだろうか。
「先生には、言っておくからさ」
彼女らの科白も、気遣いに溢れすぎていて、気まずい。
でも、調子が悪いのは確かだったので、素直にそのアドバイスに従うことにした。
保健室に行った結果、どうやら熱があるようだ。道理でだるい訳だ。
一時間寝させてもらっても気持ち悪さはとれず、早退することになった。迎えを呼ぼうか、と言われたが生憎両親は共働き。電車だし、一人で帰ることにする。
学校から駅までは歩いて5分。受験の時は、駅から近くてよかった、と笑いあった距離。
でも、病人にはつらい。
ふと八百屋の隣の小さな路地が目に入る。
「里。里。ここ」
嗚呼、そうだ。近道だ。
ここを通ると更に半分の時間で駅に行ける。
私はふらふらとそちらに向かう。
嗚呼。そうだ。やっぱり。
そこは、夢の中の路地とそっくりだった。
薄暗くて、狭い。
「美梨、ちょっと、怖くない?」
声が聞こえる。女の子特有の声だ。
私の後ろに、誰かがいる気配。
それが。それが。
嗚呼。そうだ。私は。
私は、振り向く。
後ろには、誰もいなかった。
それは絶望だった。
「やばい。電車間に合わない」
「走れ、走れぇ!」
「里。里。ここ」
「近道。半分で行ける」
私は、あの路地を指差した。
私には、もうひとり友人がいた。
名前は、里。
「美梨、ちょっと怖くない?」
「大丈夫、大丈夫。里」
私の後ろに、彼女はいた。
いたはずだった。
「何も、起こらないって……?」
でも。
振り返ったら、誰も。
そこには誰もいなかった。
私は、路地に座り込んだ。
あの日。私が近道をしようとしなければ。
あの日。ちゃんと里を気にしていれば。
里は、誘拐なんてされなかった。
もう二度と、会えないなんてことはなかった。
嗚呼。嗚呼。嗚呼!!
「里!」
私は叫ぶ。喉が。頭が。胸が。
嗚呼。嗚呼。嗚呼!!
痛い。苦しい。寒い。熱い。
嗚呼、嗚呼。嗚呼!!
真っ白。
最近、繰り返し同じ夢を見る。
狭い路地を通っている夢だ。
薄暗い路地を通っている夢だ。
その夢の中で、
私は誰かが後ろにいた気がした。
そして、振り返るのだ。
そして、いつも。
そこには誰もいない。
朝、母は言った。
「美梨。また熱を出したの?」