9話
「んっふっふー」
メルが満面の笑みで楽しそうに歩く。
「大丈夫か?スライムみたいな顔になってるぞ。そんなに俺と二人で冒険するのがうれしいのか?」
「そ、そ、そんなわけないデス!気のせいデス!メルは平常運転デス!」
全く説得力のない表情で頭を振るメル。
エイジと二人という点はさておき、メルの様子は冒険というものにあこがれた少女と表現するのが正しいのかもしれない。
そうこうして歩いていると、二人の目の前に一匹のスライムが出現したのであった。
「さて、お手並み拝見と行きますか―――」
ここは塔の内部―――ではなくて初心者向けの希望の森。
ここでエイジとメルは初級依頼であるスライム討伐を行っていた。
塔に挑戦しようとしたものの、Fランク冒険者の二人パーティーはあっけなく門番によって追い返されてしまったため、ランク上げもかねての魔物討伐である。
依頼についてだが、依頼にはF、E、D……と、冒険者と同じくランクがある。
Fは通称初心者依頼、Eは初級者依頼、Dは中級者依頼とも呼ばれ、冒険者ランクの一段階上の依頼まで受けることができる。
Fは主に薬草の採取など危険を伴わない依頼、Eは増えすぎた魔物の討伐等ギルドから要請される依頼、Dは街の貴族からといった個人からの依頼が主なものとなっている。
冒険者の平均はDランク前後であり、それより上のCランクとなると一人前の冒険者として一目置かれる存在となる。
FとEランクはある意味冒険者入門のためのお試し期間のようなものであり、このランクの依頼を問題なくクリアできるとギルドに認められれば、短期間でDランクまでは上がることができるようになっている。
エイジはとりあえず二人ともDランクに上がり、治癒魔法持ちDランク冒険者二人なら塔の門番も納得するだろうという計算の上で今回のスライム討伐依頼を受けていたのであった。
「うぐぅ」
メルは目の前の光景をみて奇妙な唸り声をあげていた。
「どうした、とうとう頭がおかしくなったか?」
それを見たエイジが冷静に現状を分析する。
「違うデス!少しは攻撃を喰らって欲しいデス!」
そう、メルの職業は僧侶である。
エイジがただの一度も攻撃を被弾せずスライムを討伐してしまうため、メルに一切の仕事が回ってこなかったのである。
「そんな事いってもなぁ。こんな攻撃喰らうほうが難しいぞ」
「はぁ……。わかったデス。もういいから奥に進むデス」
これ以上どうしようもないと判断したメルがそう促したため、二人は森の奥へと進んでいく。
そして本日はお馴染みとなったスライムが二人の前に出現した。
エイジが例によってさらっとスライムを討伐しようとした時、エイジは背後からの攻撃を察知して振り向きざまにバスタードソードで応戦する。
キン
どうやら石が飛んできたようだ。
しかし敵の姿は見えない。
そこにあるのは手に何か握っているのを隠そうとして、怪しげな笑みを浮かべているメルの姿だけであった。
「……おい」
「ち、ち、違うデスよー。決して注意をそらしてスライムから被弾してもらおうとかは全然考えてないデース」
「ほう、ではその手に握っているものは何に使うのかな?」
「あ、あとで食べようかと思ったデス……」
「そうか。おお、そうだ。メル、いいこと思いついたぞ。お前治癒魔法使いたいのだろ?手っ取り早くけが人を出す方法を思いついたんだが」
そういってエイジは剣を構えてメルの方へとじわじわ距離をつめていく。
「い、いや、遠慮するデス!神は言ってるデス、メルはここで死ぬ定めではないデス!」
「そう遠慮するな。楽になれるぞ」
そしてエイジがさらにメルとの距離を縮めた時、再び背後からの飛来物を察知して振り向きざまにそれを撃ち落したのだった。
地に撃ち落されたのは標準的な矢である。
その矢が放たれたであろう方角を見ると、そこには一人の女性が弓を構えてエイジをにらんでいた。
「そこのあなた、今のうちにお逃げなさい!この男は私が足止めしておくから!」
その女性が叫ぶ。
どうやらエイジがメルを襲っていたように見えたらしい。
この状況は非常にまずい。
ここでメルが逃げてしまうと、俺は森の奥で小さな女の子を襲った冒険者として有名になってしまう。
冒険者生活三日目にして「ロリコン」という二つ名を頂戴してしまうかもしれない。
この先有名になった時、「あいつがロリコンのエイジか……、恐ろしいな」「そうだな、いろんな意味で恐ろしいな……」と影で噂されるのは絶対に避けたい。
そうエイジが考えていると
「わかったデス!助けてくれてありがとうデース!」
「待たんかコラ」
エイジは逃げ出そうとしたメルのローブの襟首をつかむ。
「放すデス!へるぷみーデース!」
「いい加減に……うおっ!」
次々と飛来する矢。
メルを掴んで手が片方ふさがっているのと下手にかわすとメルにあたってしまうと考えたため、かわしきれずに一本の矢がエイジの手の甲をかすめたのであった。
それを見たメルはようやく、
「ふふふ、作戦成功デス。お姉さん、大丈夫デス。この暴漢はパーティーメンバーなのデース」
「遅いわ!しかも誰が暴漢だ!」
そういってエイジは軽くメルの頭を叩く。
悪戯にしても度が過ぎるため、多少の制裁は必要であろう。
「暴力反対デース……」
うなだれるメル。
そこへ、
「どうやら大丈夫のようね。あ、ごめんなさい。どう見てもあなたがそこの女の子を襲っているようにしか見えなくて」
矢を放ってきた冒険者が二人に近づいてきて、エイジに「てへぺろ」といった表情を浮かべて謝罪したのであった。
「いや、まあそう見えてもおかしくない状況だったからな。別に気にしてないよ」
「そういってくれると助かるわ。そういえば手は大丈夫?少しかすったと思うのだけど。私のせいだし傷薬ぐらいなら提供させていただくわよ?」
女性の冒険者がエイジにそう提案すると
「待つデス!ここは私の出番デス!」
メルが待ってましたとばかりにアピールする。
「あー、そういえばお前はそれが目的だったな。まあなんか納得できないがメル、頼む」
そういってエイジが傷を負った左手の甲をメルに差し出す。
「ふっふっふ。このメル様にお任せデス。癒せ、ミニエイド!」
淡い光が浮かんで手の甲から流れていた血が止まる。
「ん?ミニエイド?エイドにしてくれないか?ミニエイドだと血は止まるけど痛みはひかないし」
「え、メルはミニエイドしか使えないデスよ」
「ほえっ」
エイジの口から思わず変な声が出た。
ミニエイドだと?
エイジは混乱している。
ミニエイドは超初級の治癒魔法である。
火の魔法使いがマッチの火を出すようなもので、とてもではないがこれが使えるからといって「私は治癒魔法使いです!」とは恥ずかしくて名乗れないほどの魔法なのである。
エイジは予想以上に使えない僧侶を仲間にしたことに落ち込みを隠せないのであった。
ぽんぽん
エイジが落ち込んでいると誰かが慰めるようにエイジの肩をたたく。
さっきの女冒険者かな?
そう思ってエイジが振り向くと、そこには空気を読んで待っていてくれたスライムが、エイジを励ますかのようにぷるぷるしていたのであった。