6話
うりゅふの魔石は200ゼニー。
単体では弱いうりゅふであるが常に集団に襲われる危険性を加味して、その魔石は比較的高値で取引されている。
今回手に入れた魔石は10個。
わずか一日で武器を買い替えることとなった。
依頼報酬とロングソードを売却したゼニーを当面の生活費に充てることにし、バスタードソードを購入する。
おそらくこれでうりゅふも一撃だろう。
そろそろチャレンジするかな。
そう考えその日は宿に戻り、明日の挑戦に備えてエイジは眠りにつくのだった。
ワンダーグラウンド
通称ワングラ。
これがこの世界の名前である。
魔法というおおよそ地球では考えられない超常現象がはびこる、剣と魔法の世界である。
魔法が尻から出ることはない。
ただし魔法を使える人材は非常に少なく、この世界の千人に1人の割合だといわれている。
使えるといってもその能力も人によって大きな差があり、大半は小さな種火を起こしたり、コップ一杯程度の水を何もない空間から取り出せる程度のものである。
それでも旅においては水を荷物から減らせるとあって、水魔法が使える人材は多くの冒険者の間でひっぱりだこであった。
冒険者―――
この世界の住民は常に魔物といわれる存在に脅かされている。
魔族が作り出した魔石に具現化の魔法をかけ、固有の形を持つものが魔物であり、人間に害を為すことが多い。
冒険者の役割は主にその魔物の駆除であり、討伐の証拠として魔石を集めて売買するのである。
冒険者の強さは装備の強弱だけでなく魔法などの特殊技能、戦いにおける経験など様々な要素で決まる。
また客観的な目安としてギルドから与えられるランクがある。
ギルドに対する貢献度や昇級試験によってランクが付与される。
一番下はFランクであり、多くの人間がこのFランク、通称Fラン冒険者と呼ばれる存在である。
ランクはF、E、D、C………と上がっていき、一般冒険者の最高はSランクである。
Sランクの中でも特筆した功績を上げたものは特例としてSS、SSSランクと呼ばれることもあるが、これは世界でも数えるほどしかいない。
エイジはまだ冒険者になって一日であり、いわゆるFラン冒険者の一人である。
そんなエイジが今立っているのが、このドライ国にあるフロイデの街にそびえ立つ「喜びの塔」入口だった。
さて行くか、そう思い進むエイジだが、入口の門番に止められた。
「おい、兄ちゃん。冷やかしはお断りだぜ」
門番の一人が呆れた顔でそう声をかけてきた。
「冷やかしじゃないさ。今からこの塔を攻略しようと思ってね」
「は?いや、お前さんその腕輪を見る限りFランだろう?悪いことはいわん。
命は大事にしな」
腕輪。
ギルドで発行される腕輪はランクごとに色が違い、ある程度の身分証明証代わりになる。
それだけではなく魔法により位置探知が可能であり、行方不明冒険者発見の一助を為している。
また腕輪を悪用する輩も少なからず存在する。
掃いて捨てるほどいるFラン冒険者はともかく、一人前とみなされるDやCランクの冒険者の腕輪を奪い取り、魔法で腕輪に登録された個人情報を改変して売りさばくものも存在するほどであった。
「いや、確かに俺はFランだが。何か問題でも?」
「本当に知らないようだな………。いいか兄ちゃん。この塔ってもんは宝の山さ。貴重なアイテムやレアモンスターの魔石、さらに頂上には4つ集めるとなんでも願いをかなえてくれるという玉もあるそうだ。一攫千金を狙って入る冒険者は多い。が、あまりに多くの冒険者が帰らぬ人となったため、ある程度の実力が認められないものは通さないよう、俺たちみたいな門番が常に警備してるって訳よ。まあそうだな、最低Dランク冒険者が4人パーティーを組み、治療魔法が使える人間が一人は必要。それくらいじゃないとここは通せないのさ。これでわかっただろう?」
「なるほど………。ちなみに俺は治癒魔法は使える。ソロで塔を攻略したいのだがランクはどれくらいあればいい?」
「なっ、治癒魔法持ちかよ。まあそれなら最低Bランクだな。ないとは思うが国からの推薦状があれば、ランクに関係なく通してやるよ」
「そうか。まあ無理やり通るのも色々問題になりそうだし今日は出直すよ。詳しく説明してくれてありがとう」
「いいってことよ。お前さんみたいに野心を持った若者は嫌いじゃないぜ。きっちりランクを上げるか仲間を連れてまた来いよ!」
そしてその夜、エイジは喜びの塔の中にいた。
魔法により限りなく気配を消し、門を飛び越えて門の内側に潜入したのである。
喜びの塔―――いまだその頂上に到達したものはいないといわれる難攻不落のダンジョン。
何階まであるかは不明だが、一般冒険者のほかにも国から正式な攻略部隊が派遣されるため、低層階はあらかた攻略が完了している。
めぼしいお宝も取り尽くされている為、出現する魔物からの魔石のレアドロップが主な稼ぎとなる。
エイジはあらかじめ道具屋で低層階の地図を購入しており、魔物の情報も入手済みであった。
1~9階を最短ルートで攻略し、10階に到達する。
これまでの冒険者の記録から、10階ごとに主といわれる大型の魔物が出現するといわれており、エイジはまずその主の強さをパロメーターに今後の方針を立てようと考えていた。
目の前に一際大きい扉がある。
きっとここが主の間だろう。
エイジはそうあたりをつけ、慎重にドアの中に侵入していった。
エイジが侵入すると、暗い室内の周囲の壁にに張り巡らされた松明が順に光を帯びていく。
そして部屋の中心。そこに象のような大きさのうりゅふが立っていたのだった。
エイジの姿をみるやいなや巨大うりゅふはすさまじい咆哮をあげ、その巨体からは考えられない弾丸のような速度でエイジに迫りくる。
エイジはとっさに身をよじり、ぎりぎりのところでうりゅふの巨体をかわす。
だがかわされるの織り込み済みかのように、姿勢を反転させたうりゅふの第二波がエイジを襲う。
かわせない、そう直感したエイジは無詠唱でシールドを展開。
直撃は免れたものの無詠唱のシールドでは効力が低く、うりゅふの圧力をおさえきれずじりじり後退していく。
まずい―――そう感じたエイジは、腰にぶらさげた魔法の袋に手をのばす。
だがその直後、槍ほどの大きさのある巨大な矢がうりゅふの背後を襲い、うりゅふの尻に突き刺さったのだった。
悲しそうな声をあげ絶命し、魔石となりゆく巨大うりゅふ。
その光景をぽかーんと見つめるエイジの視線の先には、一人の男が立っていた。
「邪魔しちゃ悪いかと思ったけど苦戦しているようだったんでね」
目の前の男がエイジにそう声をかけた。
「いや、助かったよ。あんた強いな。一撃でこいつを葬り去るとは」
「あー、君、塔ビギナーだね。うん、特別に教えてあげるよ。うりゅふは尻の穴が弱点なのさ。尻の穴に一撃入れればどんなうりゅふもいちころだよ!」
そう嬉しそうに男は語った。
流れるようなブロンドヘアーにさわやかでファッションモデルのようなスタイルのイケメン。
いったいこの細身の体のどこにあんな巨大な矢を引く力があるのかわからないが、身の丈ほどある巨大な弓を背に抱え平然としているところをみると、かなりの実力者なのだろう。
高価そうな服を着ているため、一見するとどこかの貴族のようにも見える。
そんな事を考えていたエイジだったが、不法侵入していたことを思い出し、さりげなくこの場を撤収しようと考えていた。
「とにかく助けてくれてありがとう。まだ俺は実力不足みたいなんで帰るよ。魔石はあんたが倒したんだしあんたが持って行ってくれ。じゃあ、またな」
「いいのかい!いやー君はいい人だね。僕の名前はヒエロ。これでもAランク冒険者なのさ。しかし君はすごいね。Fランクなのに一人で10階って。よく門番が通してくれたね」
まずい。話が悪い方向にいきそうだ。
「あー、うん。ちょっと知り合いの推薦でなんとかね。とりあえずちょっと急ぎなんで失礼するよ。さらば!」
エイジはそういって出口へ向かって走り出した。
こうして、エイジの塔攻略初日が終了したのだった。