14話
「これは……なんというか、すごいな」
エイジは目の前に広がる光景に感嘆の声を上げる。
ツヴァイアカデミー―――ツヴァイ国立の学校であり、ツヴァイ国のみならず他国からも優秀な生徒が集まるアンダーグラウンドでも有数の学術機関である。
市街地から離れた山地を切り開いて建設され広大な敷地を誇り、一つの独立した学術都市を構成している。
そして本来は厳しい選抜試験を勝ち抜いた者のみが入学を許されるエリート機関であるが、今回エイジはマーリンからの推薦ということで入学が内定していたのであった。
在学期間は2年間。
ただ2年目にある卒業試験や1年目にある進級試験に落ちたものは別である。
エイジはこの2年間構内にある学生寮から通学することとなっており、受付で諸手続きを済ませて寮へと移動する。
そして明日ある入学式に備え、久しぶりの学校生活に心を躍らせつつ、寮の個室で眠りにつくのであった。
翌日
「結構新入生がいるんだな」
入学式会場。
エイジはあたりを見回しつつそうつぶやく。
そして式場の所定の席に座り、式が始まるのを緊張の面持ちで待っていたのであった。
「それではこれより、第44回ツヴァイアカデミー入学式を始める。一同、起立」
日本でもお馴染みの挨拶で会が始まる。
日本でもお馴染みのお偉い人々のありがたい話が延々と続き、まるでスリーピングミストを使用したかのように、意識の低い人間から順番にその意識が刈り取られていった。
そして式も終盤にさしかかり、新入生代表の挨拶となる。
(さて、どんな人物が俺らの代表かな)
そう考えたエイジだけでなく、他の新入生も興味を惹かれるところなのであろう。
皆、夢の世界から帰還して壇上を興味深げにみつめるのだった。
「新入生挨拶。新入生代表、ミライース=フォン=ツヴァイ」
その名が呼ばれ、一人の少女が壇上に立つ。
周囲にざわめきが巻き起こる。
それもつかの間、教官の「静粛に」の一言で静まり返る。
ざわめきの原因、それはこの少女が国の名であるツヴァイクを冠していること―――つまりは壇上の人物が、この国の王女だということにあった。
ざわめきの理由はそれだけでない。
王女は10人いたら10人が美少女と答えるほどの美貌の持ち主であった。
さらには代表の挨拶を読み上げるその声は通りがよく、また凛としたその声はどこか人々の胸を打つ響きをもち、カリスマを漂わせるその少女は名前だけでなくまさしく王族にふさわしい威厳をも持ち合わせていたのである。
そしてここに、それだけでなく別の意味で驚きを隠せない少年がいた。
(ま、まさかあいつは……)
普段は沈着冷静なエイジだが、少女の姿を見た瞬間、激しい動揺が彼の身を襲う。
ミライース=フォン=ツヴァイク
あれから3年の月日がたち、やや大人びているものの、現在目の前にいるその名の少女は間違いなく、エイジを絶望の谷へと突き落とした少女その人であるとエイジは直感で感じ取っていたのだった。
多少の混乱はあったものの概ねつつがなく式は終了し、来賓等学生以外はここで退席したため、現在は学生と教官数名が式場に残っている。
これから始まるのは今後の学生生活の説明や教官の紹介等を含む学生の為のオリエンテーションである。
エイジもミライースのことで一時的に狼狽していたが、まだ同一人物と確定したわけではないと自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻していた。
「さて、まずは改めて入学おめでとう。私は君たちの学年主任を務めるドライツェーン=オジーだ。堅苦しいのは苦手なんでオジーさんと気楽に呼んでくれてかまわない」
がっちりした筋肉に覆われ、スーツ越しにも筋骨隆々とした肉体をしているのが目に判る30代前後であろう短髪の男性が、新入生の前で挨拶をした。
「これからオリエンテーションを始めるが、まず最初にクラス分けの為のテストをする。テストといっても学科ではないため安心してくれ」
新入生の人数は200名。
一クラス40名で構成され、合計五クラスに分かれる。
優秀な順番にA、B、C、D、Eクラスとなり、定期的にクラス対抗戦を行いクラス移動があるという。
今回はまず最初のクラス編成のためのテストであり、そのテストの為新入生は構内にある訓練場へと移動していたのであった。
「よし、集まったな。ではテスト内容を説明する。これから一人ずつ俺と模擬戦をしてもらう。といっても俺は一切攻撃をしないから安心しな。各々剣でも魔法でも好きなように挑んでこい。その内容を俺を含めた教官連中で採点してクラスを振り分けるから頑張れよ!」
鎧と盾という戦闘態勢へと着替えたオジーが声を張り上げて説明する。
例年新入生の中にはかなりの実力者がおり、教官のオジーといえどもまともに戦えば重傷を負う可能性はある。
だがそれでも彼がけがを負わない自信があったのは、彼のもつ盾の性能によるところが大きいだろう。
オリパルコンの盾―――それが彼の所持する盾の名称である。
伝説の金属であるオリハルコンに追いつけ追い越せと、国が総力を挙げて作り上げた物質、それがオリ「パ」ルコンである。
模造品であるとはいえオリパルコンシリーズは相当に強力であり、市場で一般的に購入できるものとしては最高の、武具ランク5の品である。
残念なのはその名前だろう。
由来は酒に酔った当時の開発局のお偉いさんが
「オリパルコンでいいんじゃない?」
といってしまったという鶴の一声によるものであり、その名で決定したことを聞いた技術者たちはひそかに枕を濡らしたという。
ともかくも圧倒的防御力を誇る盾を所持したオジーと新入生の模擬戦が始まる。
だがその防御力の前に、大半の学生はろくなダメージを負わせることなく沈んだ面持ちで訓練場を退場していったのであった。
そしてエイジの出番が回ってくる。
(さて、どうするかな)
エイジは効果的な攻撃方法を模索していた。
実は今回の入学にあたり、エイジはマーリンから余程のことがない限り魔法を使用することを禁止されていたのである。
新入生の中には公爵家をはじめとした有力貴族の子息・令嬢が多分に含まれており、強力な魔法は色々と目立ち、トラブルを起こす可能性が高いというのがその理由であった。
魔法を使うとエイジがおそらく実力的にはトップになるであろうという予測に基づいたものであり、プライドの高い貴族からいらぬ妬みや恨みを買う恐れもあるということもなきにしもあらず、そうマーリンは考えたのだった。
ちなみに剣の師匠である刀はマーリンとつもる話があるということで、現在はマーリンと行動をともにしている。
そういったわけで現在エイジが頼れるのは、右手に握るランク3武器のバスタードソードのみであった。
「いいよ!来いよ!」
逡巡し動かないエイジに、連戦で興奮したオジーが叫ぶ。
エイジはとりあえず全力で攻撃してみるかと脳みそ筋肉流を決意し、一気にオジーとの間合いを詰める。
(速い!)
オジーは目の前を疾風のように迫りくるエイジを見て脅威を覚える。
そして全力で防御あるのみ!と盾を前にして防御態勢をとるのであった。
目の前の重厚な盾がどれほどの硬度を持つものなのか知らないエイジは、盾ごとオジーを斬り裂くぐらいの勢いでバスタードソードを叩きつける。
パキン
乾いた音を立て、パスタードソードの刀身のみが遠くへと飛び立っていった。
「それまで!」
武器を失ったエイジに、オジーの無情な一言が浴びせられる。
そしてオジーは自分の盾を持つ手が妙に汗ばみ、全身がこわばっていることに気付く。
(ふぅ、焦ったぜ。恐ろしい踏み込みだった。ただこれでは残念だが評価は……)
そう考え、オジーは緊張からか勝負がついたにも関わらず構え続けていたオリパルコンの盾を地面へとおろす。
パキン
「へ?」
地面に当たった衝撃で真っ二つになってしまった自分の相棒をみたオジーから間抜けな声が漏れるのであった。