10話
「あらためまして自己紹介させていただくわね。私の名前はルキア、Dランク冒険者よ。おわかりかもしれないけれど得意なのは弓で、一応剣も少しは使えるわ」
エイジ達三人は近くでぷるぷるしていたスライムを討伐すると、少し開けたところへ移動し、そこで休憩することにした。
そしてまず初めにエイジを弓で射ていた女冒険者が自己紹介を始め、エイジもそれに続く。
「俺の名前はエイジだ。まだ冒険者には成りたてでランクはF。主に剣を使っているが治癒魔法も少しは使える」
この世界で治癒魔法を使える僧侶はそれなりの数が存在する。
同じ魔法でも攻撃魔法を使用できる魔法使いは稀少である。
エイジは師匠からの話で、大きすぎる力を持った魔法使いは余計なトラブルに巻き込まれるおそれがあることを知識としてもっていた。
現にエイジの師匠である老魔法使いもそれが原因で、人の立ち寄らない絶望の森の深部にてひっそりと余生を送っていたのである。
エイジはなるべく魔法使いであることを隠すため、人目のつくところでは極力魔法を使用せず、他人にも自分が魔法使いであるということは信頼関係ができるまで話すまいと決めていた。
先日大量のうりゅふに襲われた時、災害級の魔法を駆使して討伐したが、その際一緒に戦った冒険者パーティーにはスリーピングミストという魔法を使用している。
これは周辺の低レベルのものを強制的に眠らせ、短期記憶を奪う効果がある魔法である。
結果としてあの冒険者パーティーはエイジの存在を忘れてしまい、眠りから覚めた時、周辺にうりゅふの魔石が大量に転がっているのを見て、キツネにつままれたような気分で街に帰ったという。
そういったわけで自身を戦士だと紹介したエイジが続けてメルの紹介をする。
「こっちの小さいのがゴンザレスだ。自称治癒魔法使いらしい」
「だれがゴンザレスデスか!しかも自称じゃないデス!れっきとした治癒魔法使いデース!」
「すまん、見てのとおりかわいそうな子でな。生まれた時に頭のねじがすべてどこかへいってしまったらしい」
「ぐぬぬ……」
「あ、あはは。色々と大変そうなコンビね。ずいぶん仲がいいみたいだけどひょっとしてそういう関係?」
「ないわ!」「ないデス!」
ロリコンの二つ名の悪夢が蘇る。
「あはは。やっぱりおもしろいね、あなたたち。ねぇ、お邪魔でなければ私もパーティーにいれてくれない?実は塔の攻略をしたいのだけどDランク一人じゃだめみたいで」
(塔だと?)
塔の攻略メンバー増加は十二分にエイジの食指をそそった。
ずいぶん都合のいい展開なのが天邪鬼なエイジの意識に引っかかったが、勘違いとはいえメルを助けようとしたことだし悪い人間ではないだろう―――そう判断したエイジはルキアとパーティーを組むことを了承したのだった。
当面はエイジとメルのランクをDまで上げることを目標として行動し、全員がDランクになったうえで改めて塔の攻略をすることとなった。
メルに関してはエイジが個別指導し、初級の治癒魔法であるエイドの習得を目標とした。
そして3ヵ月の月日が流れ、ようやく全員がDランクになり、メルもエイドの習得を完了。
ついに塔を攻略する時がきた。
「準備はいいか?とりあえず俺は10階までの地図を持っている。ということで今回は10階のボス討伐を目標としたいのだけどどうだ?」
ここはフロイデの街にある喜びの塔入口前。
集まった三人に対してエイジが最終確認を行う。
「問題ないデス。どんな相手が来てもメルの魔法が炸裂してイチコロデス」
誰もお前は治癒魔法使いだろ!というつっこみは行わなかった。
突っ込みのないボケほど悲しいものはない。
「あら、Dランク3人でボス討伐ってずいぶん強気だけど何か勝算でもあるの?」
そういったルキアの心配はもっともなことで、低階層であってもDランク4~5人で攻略するのが一般的である。
一般的Dランク3人でも10階までは十分攻略できるレベルであるが、リスクを伴うのも事実である。
(ちょっと迂闊だったかな)
そう思ったエイジが続けて話す。
「まあ確かに人数は少ないが一応治癒魔法使いは二人いるし大丈夫だろう。一人は本当に一応だが。それに今回は様子見だから無理そうなら安全第一で退却しようと思うし」
「一応の治癒魔法使いとはもちろんエイジのことデスよね?」
メルが震え声でつぶやく。
もちろん誰もつっこまない。
「んー、そうね。まあとりあえず行きましょうか。駄目そうならエイジの言う通り退却すればいいし」
そうして3人は10階攻略を目的として塔へと入っていった。
今回は門番も、Dランク3人で内2名が治癒魔法使いだと説明すると、「大丈夫だと思うが気を付けろよ」とだけ言って通行をすんなりと許可してくれたのであった。
10階までエイジとルキアが前衛、メルが後衛というフォーメーションで攻略する。
矢は消耗品で残数制限があるため、弓使いであるルキアも前衛を担当した。
ちなみにエイジが師匠に習ったのは魔法だけであり、剣の扱いに関しては全くの素人である。
しかし師との訓練はそれなりにハードなものであったため、エイジの肉体は一般冒険者よりも相当に鍛えられていた。
その為スライムやうりゅふ程度の低級な魔物相手では、その身体能力のみで圧倒することができたのである。
「ぐぬぬ……」
メルが唐突に奇妙な唸り声を上げる。
「どうした?いつも通りおかしくなったのか?」
「メルは正常デス!10階まで来ても全くメルのやることがないデス!メルも修行の力を爆発させたいデース!」
そう。
例によってエイジは一撃も被弾することなく10階まで到達したのである。
ルキアも前衛を基本的にエイジが務め、それをサポートする形で戦闘していたため、全くダメージを受けることはなかったのである。
今回もここまでは治癒魔法使いであるメルには一切仕事が回ってこなかった。
「私も驚いたわ。まさかこんなにスムーズに10階まで来れるなんて。エイジって結構すごいのね」
「いやいや、ルキアのサポートのおかげだろう。俺一人だともう少し苦戦してたさ」
「そんなことないわよ。まあでもここからが本番よね」
ルキアはそういって目の前の大きな扉を見上げる。
巨大な扉―――奥にはこの会の主であるボスが鎮座していることを示していた。
「ああ、そうだな。この扉の奥にはボスである巨大なうりゅふがいる。巨体だけど相当なスピードで突撃してくるからルキアは後衛で援護してくれ。とりあえず俺一人である程度戦うけど駄目そうなら即撤退するからそのつもりで」
「ずいぶん詳しいわね。わかったわ。撤退のタイミングはエイジに任せるからよろしくね」
「……メルも、メルもいるデスよー……」
(さて行くか)
エイジが先頭に立ち扉を開く。
うす暗い扉の先。
その奥内の壁一面に張り巡らされた松明が順に光を帯びていく。
そして明るくなった室内の中心には像の大きさをもつ巨大うりゅふが鎮座していたのであった。
グオオオオオオォォォ!
巨大うりゅふが咆哮を上げる。
エイジを見て弾丸のような速度で突進する巨大うりゅふ。
(やはり速いな)
相当な身体能力を持つエイジであったが、うりゅふの攻撃をいなすにとどまり、中々反撃のチャンスを得ることができない。
その間ルキアの矢が幾度となく放たれ巨大うりゅふに命中するも、相当な速度で走り回るうりゅふにすべてはじき返されてしまっている。
(このままではジリ貧だな)
まだまだエイジには体力の余裕があったが、目の前の巨大うりゅふがどれほどのスタミナを持っているかはわからなかったため、持久力勝負に出ることは考えられなかった。
何か弱点は……そう考えたエイジは思い出す。
うりゅふに弱点があったことを。
そして二人に伝え忘れたことを悔やみながら叫ぶのであった。
「ルキア、尻の穴だ!うりゅふの尻の穴をねらってくれ!」
「ほえっ」
ルキアから緊張感が抜けた間抜けな声が上がる。
「い、いや、お、お尻の穴ピンポイントとか無理だから!そんなことできるのは超一流の、それこそAランクくらいの冒険者じゃないととてもじゃないけど無理よ!」
「くっ。まあそうか。おい、メル!待ちに待った出番だぞ!お前の魔法をうりゅふの尻の穴に炸裂させるんだ!」
「よーし任せるデス!って無理に決まってるデス!メルの存在はこの際忘れてほしいデス!」
「ちっ、なんて使えないやつだ。仕方がないか……」
エイジは撤退を決断する。
魔法を使えば倒せないことはないが、目の前の巨大うりゅふが詠唱終了まで待ってくれるはずもない。
そしてエイジが二人に撤退を告げようと注意をそらした隙に乗じてうりゅふが速度を上げる。
(まずい、やられる!)
3メートル、2メートル、1メートル……と迫ってきたところで目の前のうりゅふがぴたりと止まる。
(止まっ……た?)
グルルルルルゥ……
巨大うりゅふは目の前の敵を殲滅せんと気合を入れるが体が前に進まない。
エイジたち三人も何が起こっているのかわからず動きをとめていた。
そこへ、
「やれやれ、今回の主は情けないな」
どこからともなく聞こえてきた声が、静まり返った室内に響き渡るのであった。