第7話 雨
「宇宙物理学の天野克人先生にお会いしたいのですが」
私は理学部の学務課を訪ねて、受付の女性に言った。
カッちゃんとは、もう一ヶ月以上会っていないし、連絡もない。彼が会いに来てくれないのなら、私から会いに行く。
「アポイントメントは?」
「ありません。でも、五分でいいんです」
「少々お待ちください」
応対してくれた女性が、パソコンで検索する。まだ業務に慣れていない様子だった。
スラリと背が高く、黒のペンシルスカートがよく似合う。フレームの細いメガネをかけた顔は、私よりはるかに美人だけれど、カッちゃんの好きなタイプではない。
彼女にそんな気はないと思いながらも、カッちゃんの身近にいる女性だと思うと、ついそういうチェックをしてしまう。
「あの、すみませんが……」
検索を終えた女性が、困惑した顔で何かを言った。
私はその言葉をはっきりと聞いた。けれど、脳が認識することを拒否した。
「もう一度調べてください」
とお願いした。
女性はパソコンに向かうかわりに、後ろにいる年配の男性と何かひそひそと話してから、さっきとは違う言葉で言い直した。
「天野先生は、現在、うちの大学には在籍しておりません」
***
同士館大学からの帰り道、いつの間にか、雨が降っていた。梅雨のはじめの本格的な雨だった。
私はずぶ濡れになってようやく、雨が降っていることに気づく。
踏切の前にいた。
カンカン……という音を響かせながら、遮断機がゆっくりと下りてくる。
受付の女性が言った言葉を私は反芻していた。言い直す前、彼女はこう言ったのだ。
「天野先生は、昨年、他界されています」
私の脳は、その言葉をどうしても認識からはじく。
突然、いくつもの記憶の断片が同時にフラッシュバックした。菊の花に囲まれているカッちゃんのモノクロ写真、書きかけの論文、喪服を着た人たちの群れ、行けなかったコンサートのチケット、テレビ画面に映し出される飛行機の残骸……。
それらはモザイク画のように、脳内でごちゃごちゃに組み合わされ、ひとつの意味を私に伝えようとしない。
電車が迫ってくる。
そこへ体が勝手に向かっていこうとする。
いつの間にか、靴が片方脱げていた。
衝動に逆らって踏みとどまったのは、踏切の向こうに、彼の姿を見つけたからだ。
「あ、カッちゃんだ」
今そっちへ行くから、とジェスチャーで私に伝えている。
「カッちゃあん、カッちゃあん」
私は手を振って応える。
けれど、電車が通り過ぎると、彼の姿はもう雨の中に消えているのだった。
私の中で、何かが壊れ始めていた。




