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7 体育祭のようです。 前編

 黒板に大きく書かれた「体育祭」の文字。

 私はそれを頬杖をついて見つめていた。


(来たな、体育祭……!)


 運動が好きでも嫌いでもなく、得意でも不得意でもない私にとっては、普通に楽しくはしゃげる年間行事の一つだ。

 しかし、今年はそんな呑気に迎えるわけにはいかない。

 私は隣の席の悠太を見る。


 うん、寝てやがるよこんちくしょう。


 今は体育祭の選手決めの学級会議中だってのに、ぐーすか寝てるよコイツは。また眼鏡外してるし。完全に頭から寝る気でいたな、この万年寝太郎は。

 

(でも、今年は悠太をやる気にさせなきゃ!)

 

 こういうイベントに積極的になるくらいじゃないと、キラッキラな攻略対象たちが繰り広げる真奈美ちゃん争奪戦に生き残れる筈がない。それに体育祭イベント、お前にも用意されてるんだよ!

「菊川悠太」の体育祭イベントは、別競技で怪我をした真奈美ちゃんの代わりに徒競走に出て、見事一位を取るというものらしい。

 だけど、今の悠太にそれが出来るかと問われたら私は胸を張って言おう。


 いいえ、できません、と。

 

 だって出来るわけないじゃん! 休日は室内でゲーム三昧だし、部活にも入らずに放課後は直帰でゲーム三昧!

 そんな男が徒競走で一位だなんて、格闘ゲーム未経験の人にいきなりコントローラー渡して戦わせるようなものだ。

 だから前以って経験して欲しいんだよね。今年の体育祭は徒競走に参加して、一位は無理でも三位くらいは取ってほしい。


「じゃあ次は二人三脚です。男女各一人ずつ。誰か立候補はいませんか?」


 学級委員長の声が教室に響く。

 あ、悠太の事考えるのもいいけど、私は自分のも考えなきゃいけないんだ。あーでも何だっていいや、とにかく今は悠太優先。面倒臭いからさっさと挙手しておいちゃおう。

 

「あ、俺出たい! それ参加すると、次の部活対抗リレーに続けて出やすいから!」


 手を上げた私はその声を聞いて固まった。

 ぎぎ、と油切れのオモチャみたいに視線を動かせば、元気良く手を上げているサッカー部の人気者──悠太のライバルとなる攻略対象の一人、梅澤君がいた。

 

「じゃあ、二人三脚は梅澤君と椿野さんで決定しました」


 委員長はそう言って黒板に「二人三脚:梅澤&椿野」と書いていく。──ていうか、え、ちょっと待って。私が梅澤君とペア? クラスの人気者の彼と二人三脚? いや、いやいや、それって要するに。

 

「椿野さん、宜しく! 一緒に頑張ろう!」


 私に向けられるピカピカの笑顔。

 そして、女子達からのトゲトゲの視線。それは「梅澤君に恥かかせたら分かってんだろうな?」的な念がたっぷり詰まってる。ああ、これはもうあれだ。

 

(面倒臭いとか言ってらんない!!)

 

 全力で! それこそ一位取る勢いで! じゃないと悠太の面倒どころか私の学校生活が終わる! メインシナリオ始まってないのにゲームオーバーになる!

 私は迂闊過ぎた数分前の自分を心底呪いつつ、家に帰ったら机の引き出しから某猫型ロボットがタイムマシンと一緒に出てこないかと現実逃避もしつつ、頭を抱えたのだった。

 

「次は徒競走ですが、誰か──」

「はい、菊川君がやりたいって言ってました」


 勿論、悠太を徒競走に推薦することは忘れずに。

 

 ***

 

「何で俺が徒競走なんて出なきゃならねぇんだよ!」

「うっさい! 何かしら出なきゃいけないんだから良いでしょ! それよりも私だよ、どうすんのさ馬鹿ぁぁぁっ!!」

「知るか馬鹿! さり気にコンボ決めんな!」


 放課後。私は悠太の部屋に転がり込んで、格闘ゲームをやっていた。この思いはパンチとキックと波動拳に乗せないとやってらんない。

 悠太の操るキャラの体力ゲージが底を尽きたのを見届けた私は、コントローラーを手放して後ろに寝転がった。よし、今日は本に頭ぶつけなかった。

 

「……ん?」


 何か違和感を感じた私は鞄を引き寄せて携帯を取り出す。すると、新着メールが来ていた。やっぱりね。何でメールとか通話って来るのが分かる時があるんだろう、私だけ?

 誰からかなーメルマガかなーとか呑気に受信ボックスを開いた私は、送信者の名前を見ると数秒置いて両目をかっ開いた。

 

「おい、何かヤバい顔になってんぞ」

「……悠太」

「あ?」

「アンタ、明日から六時に起きて」

「はぁ? やだよ、何で──」


 文句を垂れようとする悠太の目の前に携帯の画面を突き出す。そして私は全力の威圧と懇願を込めてもう一度言った。

 

「お願い、明日から六時に起きて」


『送信者:梅澤健斗

 件名:初メール&提案!

 本文:ペアって事でメアド交換したし、メールしてみたよ! で、さっそくなんだけど、明日の朝から練習しない? 人が少ない方がいいから、七時くらいからが良いと思うんだけど…どうかな? 返事待ってます!』

 

 ***

 

「菊川君も来てくれるなんて、やる気出るなぁ! 見てくれる人って大事だからさ!」

「…………」

「あ、あはは! だよねー!」


 はい、現在時刻七時です。

 朝の空気は清々しい筈なのに何か息苦しいのは、きっと隣で不機嫌オーラを駄々漏れにしている男の所為なんだろう。でも今回は責められない。

 

(ご、ごめん悠太……!)


 でも私だって、梅澤君と二人で早朝練習なんて出来ないんだよ! もしも面倒な女子に見つかったら何を言われるか! 

 内心ビクビクしっぱなしの私と、どす黒いオーラの悠太を気にせず、梅澤君は「準備体操は大事だからね!」と屈伸を始めている。何だこの人、まさか鈍感属性もお持ちか。

 

「悠太、アンタはそこら辺座って寝てて良いから。本当にごめん」


 こっそりと耳打ちをする。朝が弱い悠太にこの時間の運動は苦痛だろう。そう思って言ったのに、悠太はぼさぼさの髪を掻いて首を振った。

 

「……いい、やる」

「へっ?」


 屈伸を始めた悠太を、私はポカンとして見つめる。うそ、だって悠太が自主的に運動するなんて。しかも早朝から。

 どういう風の吹き回しだろう。あまりにも今までに無い行動だから全く分からない。傍で過ごしてきて幾数年、まだ分からない事はやっぱりあるのか。


(……まあ、やる気があるなら良いか)


 取り敢えず私も屈伸しよう。

 そうして梅澤君主導の下、準備運動を終えた私達は早速練習に入ることにした。

 

「じゃあ、まずは足を結ばないで、並んで走るって事に慣れよっか」

「そうだね、そうしよう」


 運動神経抜群の梅澤君の提案を否定するなんて、体育の成績が万年Bの私には出来ない。福島名物赤べこの如く頷くのみである。

 

「それじゃ、肩を……」


 そう言って隣に来た梅澤君は私の肩に手を回す。うわ、思ったよりも近い。これって私、本当に女の子に刺される気がしてきた。

 でも、私だけやらないわけにもいかない。手汗をこっそり拭いてから梅澤君の肩に手を回した。ひいい、私臭くないかな。お風呂は毎日入ってるけど不安になるよ。

 

「…………」

「……梅澤君?」


 ふと、梅澤君が黙り込んでしまった事に気付いた私は声を掛けた。どうしたんだろう、やっぱり臭かったのかな。だとしたら私は立ち直れないんだけども。

 すると、梅澤君は少し目を逸らした後、へらっと笑って自分の頬をポリポリと掻いた。

 

「いや……何か、思ったよりも近かったから、恥ずかしくってさ。俺、汗臭かったりしない?」


 なんと。同じ事を考えていただと。

 

「ううん、全然大丈夫だよ。私こそ、その……」

「つ、椿野さんだって平気だよ! 寧ろ何か石鹸みたいな良い匂いがするし!」

「えっ?」

「えっ、あ……ご、ごめん! 今の俺、すっげー変態みたいだったよね!? ごめん!」


 顔を真っ赤にして「ごめん」を連発する梅澤君。そんなに連続で頭下げたら立ち眩みするんじゃないかってくらいに頭を下げるから、ハッとした私は慌てて止めに入った。

 

「だ、大丈夫! そんな事思ってないから! だからそんなに謝らないで?

「……本当?」

「本当! ねっ? だから安心して?」


 信じてもらおうと笑ってみせる。笑顔の人が一番信用されやすいって昔にお婆ちゃんが言っていたような、言ってないような。

 でも、梅澤君はそれで安心してくれたらしい。ホッと溜息を吐いて笑ってくれた。

 

「そっか……ありがと、椿野さん」

「ううん、どういたしまして」

「……あのさ、椿野さんって──」

「お前ら、いつ練習始めんの?」


 笑顔で会話する私達をぶった切ったのは、傍の段差に座って此方を見ていた悠太だった。──てか、何か不機嫌オーラ増してるし。大魔王って言っても過言じゃないレベルでどす黒いんだけど、どうしたのアイツは。

 それでもまあ、悠太の言った事は一理あったので、私達は再び肩を組む。そして一歩ずつ確認しながら、徐々に走ってみた。


(うーん、これは……)


 なかなかに難しそうだけど、練習重ねて掛け声合わせたりしたらどうにかなるかも。

 梅澤君も同じような事を思ったのだろう、ニコニコと笑いながら親指を立てた。

 

「これ、一位狙えるよ! 俺と椿野さん、相性イイっぽいね!」

「だね、良かった。でも梅澤君のお蔭だね」

「え?」

「だって私に合わせてくれてるでしょ? ありがとう」


 梅澤君が私に合わせて歩幅や速度を調整してくれている事は、肩を組んで走っていたら簡単に分かった。それを簡単にやってみせる辺り、梅澤君の運動神経の良さが分かる。

 お礼を言うと梅澤君は少し恥ずかしそうに笑った。

 

「ううん、そんな……ほら、二人三脚ってコンビプレーだし! これくらい当然だよ!」


 うーん、梅澤君が皆に人気な理由ってこういう所が大きいんだろうな。ごく自然に他人を気遣えるっていうか、思いやりがあるっていうか。悠太にも見習わせなきゃ。

 

(……あ、そうだ、悠太は?)


 練習に夢中ですっかり忘れてた。

 振り向いてみても、さっきまでいた場所に姿は無い。え、何処に行ったの。もしかして二度寝しに家に帰ったとか無いよね。

 とか思っていたら、校庭の隅の方で走っている悠太を見つけた。その姿に私は自分の目を疑う。でも幻覚じゃない、あれは紛れも無く悠太本人だ。

 

(あの悠太が自主的に練習してる!?)


 本当にどうしたんだ、今日の悠太は。嬉しいけど心配になってきた。だけど折角やる気を出しているところに余計な事を言って水を差すのも悪いし──、

 

「──よし! 梅澤君、もっと練習しよう!」

「え? う、うん、そうだね!」


 だったら、私もしっかり練習しよう。悠太が頑張っているんだもん、私だって負けられない。梅澤君には悪いけど、とことん付き合ってもらっちゃおう。

 気合を入れ直した私は梅澤君と肩を組み、再び走り出す。至近距離が照れ臭いとか言ってられない。がっしりと肩を組んで、声を合わせて走る走る。周りを見る余裕は無い。


「……あの馬鹿が」


 だから、気付かなかったんだ。

 悠太がこっちを見ていた事なんて。


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